2020-06-01から1ヶ月間の記事一覧

No.510 卑しい彼の小さな石

立川駅で少し寂しくなるだろうか それとも 多く人が乗って来るだろうか うざったいアナウンスが 電車に響くと 彼はしかめ面をした 要らなかった傘を捨てちまえ 今日の終わりを捨てちまえ 明日の朝を拾い上げても ろくなことにならないから 捨てちまえ 立川駅…

No.509 毛並みを整えて

新しい畳のにおいがするそれに混じって 鉄のにおいもする彼はそのにおいたちに鼻をくすぐられながら心地良さそうに寝転がっている 少し開いた窓から 良い風が入って来る網戸の向こうでは ぼやけた空が見える彼は 友達と 公園で一緒に駆けた頃を思い出す(あ…

No.508 熊のスポンジのヘイキチ

熊の形をしたスポンジが シンクの上に立っていた そこらに付いた水垢を 擦りたくて仕方なかった 熊の形をしたスポンジは 自分をヘイキチと名乗り 洗剤の泡と仲良く話して 皿やコップとは話さなかった 何故かって? ヘイキチは働くのが嫌いだから 自分で綺麗…

No.507 眉間の皺と彼の頭痛

彼は頭痛に悩んでいた 仕事が終わる頃 頭の至る所が キシキシと締め付けられるようで 次第に ズシリズシリと重くなった 家にたどり着く頃には 満身創痍のペラペラな身体で 重い頭痛を抱えていたので 腰が砕けそうになっていた 毎日 この痛みに耐えてきた彼の…

No.506 飴が好きなあいつ

頬が膨らんでいたので あいつはまた飴を舐めていたのだろう 遠くから眺めていたので 彼にはわからなかった あいつはこっちを見ると すぐに何処かへ消えてしまう それが何故だか 無性に面白いことと 彼は思っていた あいつが消えてしまえば 何かに怯えること…

No.505 彼と蝿

「またいつか 一緒に行こうね」 蝿は 彼に言ったが 彼には聞こえなかった 肩に乗り あらゆる景色を見た時でさえ 彼は 蝿の存在に気が付かなかった 「いつも一人 また一人 明日も一人 だろうか」 彼が木に登って 太い枝に寝そべりながら そう呟いていた時も …

No.504 ぶかぶか

彼の身に付けるものは 全て 彼にとって少し大きかった 上着もズボンも Tシャツも 少しだけ浮いて見えるほど 残りの金が少ないのに タクシーで帰ってしまったり 高い中華を食べてみたり ホテルに一晩泊まったりもした 少し大きいということは 彼が少し小さい…

No.503 彼と苗

積み重なって仕方ない不安の種を 大事に育てても 意味はなく 彼にとってその小さな苗は 鬱陶しいだけで 窓際に寄せた 水やりは毎日忘れなかった 苗はすくすく育っていった 普通の花なら 写真でも撮って 誰かに見せたくなるのだろうか 彼は苗を育て始めて一週…

No.502 もう一度眠ったら もう一度会えるだろうか

本棚に詰め込まれたCDを眺めていると 彼は無性に昔を思い出した ブラックアイドビーズだけが浮き出ていた そのCDを買った古本屋が潰れたことも思い出した ヤングアメリカンズの下に ブラックプラネットがあった もっと長い名前のアルバムだと思っていた その…

No.501 (6/22 8:28頃)

電車は 彼に目掛けて加速した どこで間違ったのだろうか? そう考えたとしても もう遅すぎた 背中に残る 大量の手形の重さを感じた まず運転席のガラスに身体が張り付いた そのまま数メートル 勢いに任せて進んだ その時は そのまま次の駅まで行けると思った…

No.500 詩を書かない男!

CDの回転する音が少しだけする 音楽はそれよりも大きな音で しかし大きすぎず ちょうど良い部屋の温度と合うように調節し キーボードを叩いて 何が詩なのだろうかと考えている 彼はベッドに横になりたかったし 煙草を吸いたかったし 炭酸の冷たいジュースを…

No.499 履歴書を買い忘れた男!

証明写真機の中で にっこりと作り笑いをする 上はリクルートスーツだが 下は短パンだ 撮影が終わり 気を抜き 作り笑いをやめる 写真が出来上がるまでの間 スーツを脱いだ ネクタイも外して 冷たい麦茶を飲んだ 日本らしい蒸し暑さだと ハンカチが思った 大き…

No.498 工業地帯の大きな家

耳慣れたのは 叩く音 削る音 伸ばして 穴を開けて 溶かして くっ付ける そんな音たち 彼の耳は自動的に小さくなり なるべくその音たちを拾わないようにした その日は ワインのアルコールが抜けたような ぶどうジュースを飲みながら その日に出た 2年生の宿題…

No.497 ぼんやり

似合わない高い服を買って クローゼットに仕舞ったままだった 彼は臆病風に吹かれながら 安っぽいスーツを着て 日差しを浴びに行った 街ではまともそうな顔で 同じような スーツを着ている奴らが急いでいた 交われない絵具になってしまったように 彼は表面を…

No.496 彼と空き缶!

空き缶を蹴っ飛ばして 行き着く先で立ったら 今日は良い日になると信じていた彼は 転がり 草むらへと向かっていった空き缶を 恨むことでしか 自分を保てずにいた 寝そべったままの 自分の中にあったはずの あらゆるスパイスのような感情を捨てて ただただ の…

No.495 軽やかな彼

バスケットボールをドリブルするように 交互に手を前に出し 上下に動かしながら 弾むような足取りで コンクリートの上を歩く 彼は 昨日大切なものを亡くしたばかりだ ヘッドホンで塞いだ耳が 暑さで溶けてしまえば 二度と音楽が途切れることはないのだろうか…

No.494 名前を忘れた男!

髪の長い男が 夜を彷徨っていた 彼は 名前を忘れてしまっていた 名前は 彼を覚えていたけれど 彼に 思い出して貰いたくてたまらなかったけれど 街灯と家々の灯りが ぽつんと落とした その光の色が 水に溶かされて 滲んで 薄く引き伸ばされて 淡くなり 照らさ…

No.493 透明になれる毒

毒を持て 手にめり込むほどに 薄い硝子はすぐに割れるだろう その痛みで目覚めて 手を振って毒を撒け 彼と同じように この世を味付けしよう 牙の中に何かを仕込んで ことあるごとに噛み付いてやれば良い 歯形に溶けた あらゆる本の数百ページを 味がしなくな…

No.492 彼の手帳と夜たち

仕舞い込んでおいた手帳を取り出して 彼は数年前の予定と 日記を読んでいた あらゆる変化が書き込まれて その時の心情が 文字に現れていた ソファに座り熱いコーヒーを飲んで 香りが鼻から抜けて 深いため息を吐いた 蛍光灯の暖かな光に合わせて 気の利いた…

No.491 ケンゾー

ケンゾーは 確かに嘘を吐いた しかし だからといって あんな目に合うとは ケンゾーの吐いた嘘は なんてことはない 誰もが一度はついたことのある嘘だ あんな目にあっても ケンゾーは生きている それが何よりも ケンゾーにとっての苦痛だ 変われるものなら変…

No.490 (思い入れのない故郷)

つまらない人生を送っている人々が つまらない出来事で騒いでいた 彼はそれをつまらなそうな顔で眺めて 心が冷めていくのを感じていた つまらない人生とは何なのだろうか 幸福でないことが つまらないことなのだろうか 彼はそうやって人生を振り返ってみたが…

No.489 雨の日の一服

スーパーの前にある排水のための溝蓋から 逆流した水が ぶくんぶくんと 泡を立てていた それを見ながら煙草吹かして やらなくて良いことと やらなくてはならないことを脳内に配列した 灰皿は人目に付かない所に置かれていた スーパーの上にある駐車場へのエ…

No.488 青い顔の男!

二重の線に沿って 彼は線を引いた 青い意志の現れで 耳まで繋がった そして鼻から髭のように顎まで伸びた 線は 彼を切り刻むように 彼によって描かれた 彼は赤い線を引いた男に敵対心を抱いていた 奴らはそこら中にいる 青い線の男は少ない 彼は 青い線の男…

No.487 大それたこと

朝日と共に 彼は煙草に火をつけた 呼吸は穏やかに 山々の呼吸と合わせた 少し霧がかった木々の向こうで 年寄の狸の瞳がきらりと光った 裸足で踏む土の感触の中に ミミズと同じようなものが混ざった 年寄の狸は彼を見張っているようだ 彼はその場を離れたかっ…

No.486 虫と戦った男!

顔の前で円を描く虫に気を取られて 彼はその向こうにある危機に気が付かなかった 猛スピードで突っ込んできたボールを 彼は鼻の頭に思い切り受けてしまった そのボールは パチンコの玉より少し大きい そのボールは 鉄よりも鋭くて 冷たくて 硬い そのボール…

No.485 焼け残った彼!

焼けた家の下敷きになった人の身体があった それは綺麗に炎を避けて 無傷で倒れていた 家具の亡骸や屋根と骨組みの名残がのしかかり 上からそれを地面に埋めようとした 彼が目を覚めると そんな状態だったので 動けるだけ動き 自分の肌に触れてみた 火傷はな…

No.484 黒い服の彼!

真っ黒で服装を固めた彼には 毛玉と埃が寄り付いて離れなかった 今朝見たかなり居心地の悪い夢を 思い出したように 頭痛は酷くなった 彼の目の色と同じ服の色は 太陽の光を集めて発火しそうだった 目から火が出たら 何から燃やしてやろうか そんな愉快なこと…

No.483 彼の頭の中の交差点

喫煙所から 煙が空に登っていくのを見ていると 彼は風船を手放してしまった子供を思い出した (古い記憶 その中にある鮮明な赤色) 風船の色は 空にとても似合っていた 彼の隣に四人組の青年が入ってきて 大袈裟な動作で話をしているので 彼の肩にごつごつと…

No.482 再び目覚めた彼

タッチパネルは濡れて反応しなかった 彼は何度も何度も 同じ場所を押していた 水溜りは 彼を包むように深くなった 血も 涙も 同じ温度まで下がっていった 目が覚めると ベッドに横たわっていた 不思議な匂いが 彼の鼻をくすぐった その匂いに憶えがあり 横に…

No.481 とても優しい「彼の疲れた魂」

彼が全てを飲み干して 部屋を埋め尽くす空き瓶の上で 欠伸をしながら 夜になるのを待つ時間 疲れた魂が 最終的に行き着く場所を探しながら 部屋の隅々まで そして 彼の家の半径50メートル以内をスキャンした 野良猫は彼の帰りを待っていた(出かけてもいない…