No.605 ビデオ3の記憶

 

 

疲れ果てて迷い込んだ

着ている服はボロボロになった

複雑な迷路ではないはずなのに

あるはずの出口が見つからない

 


信じていたものから切り離された

彼は思い出を頼りに進んだ

見慣れていたはずの街並みが

歪んで 輪を描き 潰され 反転していた

 


ポケットから煙草を取り出して

咥えると 唇が切れていたことを思い出した

空気は冷たく澄み切っていて

火をつけると 煙の形が良く見えた

 


煙は 彼の前で姿を変えていき

思い出の中にある一つ一つの光景になった

初めて自転車に乗れた時の公園や

家から遠かった学校になったりした

 


煙草を吸い終えると 彼はため息をついた

(何のヒントにもならない)と落胆した

彼が住んでいた家を探し出すまでに

空腹で死んでしまうのではないかと思った

 


思い出が詰まるその家の扉から

彼はこっち側へと飛ばされた

その家の扉を見つけないことには

何にもありつけないことを彼は知っていた

 


結論から言えば 彼は歪んだ記憶の中に囚われた

そして 二度と出てくることはない

何故なら 煙草を吸うたびに見える思い出が

彼をそこに閉じ込めようとしているからだ

 


それでも彼は 出られることを信じて

歪んだ記憶の中で 必死に思い出を眺めながら

自分が居た ゴミ箱の中で腐った現実を目指して

ひたすらに歩き続けている

 


彼を歪んだ記憶の中へと案内した老人は

ソファに座り テレビの中の彼の姿を見て

腐敗したゴミから出るガスを吸わないように

ガスマスクを付けながら 楽しく過ごしている

 

 

黄緑の発光する小さな文字は

老人には全く見えていない

その代わりに 老人以外には見えない彼を

老人は 食い入るように見続けている