2020-05-01から1ヶ月間の記事一覧

No.456 そして彼は部屋を出て行った

「一つ 良いことを教えておいてやろう」 椅子に縛られたままの彼の前に弾丸を並べ 黒目の大きな男は低い声で続けた 「お前は 今晩この世から消え去る」 彼の身体は恐怖に震え 瞳に涙を浮かべた 命乞いの言葉を考えてみたのだが 何故か相手を怒らせる言葉しか…

No.455 穴の開いた服

格好付けて着ていた服に穴が空いた 彼は残念そうにその服を眺めていた 繁華街はいつも騒いで狂って回った 銃声に一つ答えたのは犬だけだった 彼が誰のことも顧みなかったように 彼を知る者たちも彼を放っておいた 温かくなっていった穴を塞ぎ 笑った 彼は夜…

No.454 イヤホンを忘れずに!

彼は突然 意気揚々と街を歩き始めた 街を歩く者たちは 彼を見ると その後をつけて行った 五人ずつの男女 彼から見て 右に男たち 左に女たち 交差して彼の前を通り過ぎる 足取りは軽やかだ 彼は突然 大きな声で叫んだ! それから周りの者たちも叫んだ! 1 2 3…

No.453 Fighter

彼の瞳の中に何が見えた? 怒りの光と悲しみの影 喜びはない 絶望は無意味なものとして捨てた 彼の瞳の中に住むのは 握った拳と受けた痛み 彼の鼓動を彼女は感じた ソファの上で ベッドの上で 草原の上で 硬いコンクリートの上で 夏の間に ひんやりとしたフ…

No.452 疲れちゃった男!

燃え尽きてしまった感情を もう一度燃やすためにガソリンを飲もう 彼はちっぽけな歯車の欠片 世間体を気にし過ぎて摩耗してしまった システムの中に入り込んだウイルスが 彼のために働くと申し出た 企みを囁くと身体は勝手に動く そこら辺にある物を武器にす…

N0.451 彼らのお気に入りの銘柄

「マイルドセブンの事を忘れていた」 メビウスは細目で遠くの方を眺めていた 「まあまあ良いじゃない お洒落になって」 セブンスターは達観した表情でメビウスを慰めた ゴールデンバットは二人に 二箱ずつ煙草を買って来てやった それを見ていたピースは 自…

No.450 彼と彼の汗の地球!

貧乏ゆすりをしすぎて 彼の周りの食器が全て割れてしまった サラダはこぼれて 肉汁はテーブルに染み込み ナイフとフォークはいつまでもはしゃいでいた 待ち望んだ郵便物を開けると 一つ願いを叶える 魔法のものが入っていた 彼はそれを取り出してビニールを…

No.449 文字を食う男!

常夜灯にして 読みづらい文字を読む 暗号を解読するように 崩壊した文字を読む 生茂る雑草のような文字を読み ページの間に挟まった文字まで読む 彼は本の虫よりもグロテスクに存在する 文字を読んだ後は 良く噛んで食いまくる 文字は腹の中で消化されながら…

No.448 芝刈り機の音を聞くもの

蛇口をひねる 水が出る 手で掬う 冷たさで少しだけはっきりとする 彼は早く起き過ぎたことを後悔して また寝室に戻り だらだらと過ごす 布団の中で体勢を変えつつ 何処かが痛くならないようにする 満遍なく広がり 適度に縮こまり 彼は 朝が彼を運び出すのを…

No.447 階段を降りる男

階段を降りて行けと言われた男 何となく言われたように降りて行った 少しあいた小さな窓の外の鳥 笑われているような青空に飛んだ 腹が減り力が湧かなくなってきた 彼は全てのことを忘れようとした 素晴らしい記憶たちは輝きながら 哀れんでいるようにこびり…

No.446 部屋の窓からもネオンが見える

夜の時計の波間に挟まれ 秒針に何度も何度もはたかれ シンメトリーの部屋の隅に座って 虚ろになりながらテレビを観ている 楽しげな人々の笑顔と声が 彼の心の傷に塩を塗りたくる 感動的なVTRの後で 我慢が出来なくなって街へ行く 澄み切った暗闇の向こうに見…

No.445 シュレッダー!

服のスイッチを押すと 様々なパターンの色と模様が選べる 今日の気分は空色のパーカーだったので 柄は鱗雲にしてみた 彼の一日はそうやって始まる 靴紐のない靴を履いて 扉を開くと 春の陽気が出迎える (このまま空に飛んで行けそうだ)と彼は思う 階段を降…

No.444 蟻ほどに小さくなった男!

彼は蟻の巣に入って行った 働き蟻は皆サボっていた 雄と女王蟻がバラバラにされて 巣の至る所に飛び散っていた 彼は働き蟻に聞いた 「これからどうするつもりだ?」声が響く 働き蟻はせっせとダラけながら 「あんたに答えてどうするの?」と言った 働き蟻は…

No.443 壁の彫刻を触る男!

壁には細かく彫刻があった 指で辿ると 不思議に終着点があるように思えた 彼はその壁に二時間ほど費やしたが とうとう終着点には辿りつかなかった 離れて見てみると 壁には小さな天使が群れをなして 大きな悪魔に弓を引いていた 彼はその光景に吐き気がして…

No.442 新しい宿をさがしに

最高の皮肉を言って彼は出て行った あらゆる愛しい物が置かれた部屋から 最低な気分は後ろめたさと踊った 苦しがる昨日までの日々も一緒に 明日からは何が起きようとも 彼が驚くことはないだろう 全てを知ったようなフリをする 限りなく死に近い者よりも 街…

No.441 そこにある果物を食え!

スーパーに並ぶ美味そうな野菜 そして何より 甘そうで 瑞々しい林檎 まあ ツヤがあるだけということを 彼はわかってはいる しかし美味そうだ 唾を飲み込む ポケットを探る 小銭など無い そこらに放り投げた…? 彼はその日一日を占うために 小銭を投げる習慣…

No.440 肉片

居酒屋の目の前に肉片が落ちていた 瑞々しいそれには蝿が集っていた (まだ新鮮なうちに これを拾っておこう 家に貯めてある瓶に入れ ホルマリンに漬けよう) 郵便局の前のポストの上に また肉片落ちていた 蝿も寄らないほど カラカラに乾いていた (もうだ…

No.439 運命の人

運命の人とはいったい何なのだろうか 最近流行っている曲が頭から離れない これはこの曲が優れていると言うことだ こちらがいくら否定しても離してはくれない 脳の中で問いかけてくる 「運命の人」とはいったい何なんだ? きっと 表現としては古くからあるも…

No.438 美しいもの

味付けされた悲劇的な物語がひらひらと 蝶のように飛んで 彼の肩に止まる 筋肉が凝り固まったように思えて 彼は揉み解し 物語はばらばらに崩れる 彼は美しいものを見た気がした 肩こりが治ったことが原因だと思った 悲劇的な物語が無残な姿で床に落ちている…

No.437 楽園

飛び散った絵具 切り刻まれたキャンバス 弱い酒をもう瓶の半分まで飲んだ クソッタレと悪態をついて そのままフローリングで眠った 憧れた人はもう居ない 憧れられることもない 後ろ指を気にすることすらない 彼にはもう何も残されない 夢の中で 楽園を見た …

No.436 8本の煙草

僅かな光がカーテンから差し込む 薄目をあけ 時間を確認する 午前8時 まだ何も始まっていない 彼は二度寝するために目を閉じる 2時間後 暇を潰すためにデパートへ行く (シャンプーの種類が多過ぎるのでは?) 彼はそう思いながら一つ選ぶ 人はあまり居ない …

No.435 弱虫

頭の隅で膝を抱える自分の姿に 見慣れてしまった彼は弱虫で 自分に鞭を打つように 自暴自棄に生活を続けていた 酒を片手にギャンブルをする それが唯一の楽しみだった 彼は負けても別に良かった 酒が飲めるだけの金はあった 決まった仕事に就かないので 人間…

No.434 なんとも言えないナイトメア!

また夢を見よう そう思って 彼は目を閉じ 耳を塞ぐ イヤホンからは 優しい音色 美しい夢に 包まれるように祈る あれはさざなみ 小豆の群集 見たこともない男が立つ 浜辺で死んだ亀の上で 裸になって踊っている 何をしているか彼が訪ねる 男は答える「弔って…

No.433 彼と街中の星々

「あなたがあいつを見るときに とても醜いと感じることがある あいつもあなたを見るときに とても汚いと感じることがある しかし安心して良いのは この世の方がよっぽど醜く 汚い あらゆる悲しみも苦しみも あなた方がマシに見えるためにある あなたがあいつ…

No.432 マトリョーシカ

ベティは言った「口車には乗らないわ」と 「よっぽど安全な日本車の方に乗りたいわ」とも 彼は答えた「よく言うよ」と 「闘犬みたいに唸るアメリカの車が好きなくせに」とも 彼はベティと別れて 酒浸りになった やがて髪は抜け落ち 歯も欠けた 全てをベティ…

No.431 連れ去られた彼

「いつ殺しても良いから殺さないだけだ」 そう言われ続けて5年が経つ 彼は故郷の星を遠く離れて 別の星に誘拐されて来た 彼の故郷の星と全く違うわけではないが その星の人々は彼の故郷の星の人々よりも優れていた 5年前 大きな母船からその地へ降りると 彼…

No.430 部屋の中の彼

フローリングの冷たさが頬に伝わる 瞳を閉じて 彼は数を数える 頭の方から生温い感触がする 瞳を開けて 彼は立ち上がる 雑巾でフローリングに付いた血のりを拭き 食用洗剤をぶち撒け 擦る 彼の目には生気が蘇ってくる ふつふつと湧き立つものが 怒りではない…

No.429 一日の彼

カーペットを一定の方向になぞると 毛並みが逆立ったので 逆の方向へなぞってみると とても綺麗に整った 彼はそうやって半日を潰した カーテンの向こうでは夕日に照らされて 朝干した洗濯物が生き物のように光り 揺れた テーブルには ピストルが一丁あった …

No.428 淡い幸運と濃い悲運

彼は人妻に手を出したことがバレて 彼を殴り殺そうとする夫から逃げていた 「そんな大したことじゃねえだろインポ野郎!」 悲痛な叫び声は繁華街を駆け抜けて行った 裏路地に逃げ込み 一息つく ゴミとドブの臭いがキツかったが どんな場所よりも安心した す…

No.427 花の香水と赤い口紅

彼女は弁当箱の中にウィンナーと卵焼きを入れる 彼はまだ寝室で寝ている 清々しい朝の雀の声が聞こえる 弁当箱の蓋を閉じ 布に包んで結ぶ 彼女は合鍵を忘れたフリをする 彼はまだ寝室で寝ている ドアノブの冷たい感触で背筋が伸びる スーツが風を受けて少し…