No.431 連れ去られた彼

 

 

「いつ殺しても良いから殺さないだけだ」

そう言われ続けて5年が経つ

彼は故郷の星を遠く離れて

別の星に誘拐されて来た

 


彼の故郷の星と全く違うわけではないが

その星の人々は彼の故郷の星の人々よりも優れていた

5年前 大きな母船からその地へ降りると

彼は身体が軽くなったように感じた

 


「いつかは必ず殺してやる」

そう言われ続けて5年が経つ

彼の故郷の星では

もう彼は助からないことになっていた

 


そればかりか 彼の葬式が行われ

彼の父親も母親も 彼を忘れようとした

彼の代わりというわけでもなかったが

彼の弟が生まれると 彼の記憶は薄れていった

 


「どう殺してやろうかと いつだって考えている」

誘拐犯は朝食の席で必ず話す

「殺したらお前はどんな声を出すだろうな」

誘拐犯は夕食の席で必ず話す

 


朝に目覚めると 浮遊する機械が彼に挨拶をする

「おはようございます 可愛いエイリアン」

彼はもう完璧にこの星の言語を覚えている

「おはよう 今日は良い天気だね」

 


扉を開くと 明るい日差しと機械の街が見える

木々は生い茂り 花々は咲き誇るが

良く見ると それは立体映像だ

彼は行き先をセットして置いてあった板に乗る

 


その板は彼の通う小学校まで行き

彼を下ろすと自動的に畳まれた

鞄の中に板をしまって 教室まで行く

彼以外に 登校する生徒はいない

 


生徒たちは 家で授業を受ける

彼は登校して 彼の故郷に詳しい機械の先生から

彼の故郷で何が起こっているかを見聞きし

どう感じるかと聞かれて 答える

 


「知能のレベルが違うからだ」と

誘拐犯は言っていた

「僕は ここでは馬鹿ということだよね?」

誘拐犯は「お前は本当に頭が良いな」と言った

 


学校から家に帰ると 誘拐犯がパンケーキを焼いていた

この星の人々はゼリー状のものを食べるが

彼に与えると長い間吐いてしまうことがわかり

彼のためだけに 誘拐犯は専門工場を作った

 


その道のりは容易ではなかった

この星から彼の故郷まで行くには

100名近くのスタッフが必要で

帰ってこれるのは数名だった

 


誘拐犯が持ち帰った食料は

専門工場で永久的に生産出来る様になった

彼は主に ハンバーグやスパゲッティ

サラダにカレーライス そしてパンケーキを食べた

 


「いつ殺しても良いから殺さないだけだ」

そう言われ続けて5年が経つ

彼はもはや誘拐犯を誘拐犯と呼ばない

誘拐犯もまた 彼を誘拐された被害者だと思わない

 


「父さん いつ僕を殺すっていうのさ」

「うーん そんなことは知らん だがやってやるさ」

「まあ僕は 簡単に殺されないけどね」

「そりゃあそうだ お前は本当に頭が良いな」