No.571 おめでたい彼!

 

 

暗く 狭い 洞窟のような

ワンルームは 言うほど悪くない

彼にとっては そこが全て

守るべき場所 どれだけ散らかっても

 


片付けると全て消えてしまいそうで

決まった場所に リモコンを投げる

空のペットボトルも古い雑誌もボールペンも

乱雑に見せかけた 計算された部屋の一部

 


迷っても 仕方がない

この道を 歩くと決めて

彼は歩く 疲れたら帰る

働くことにも 随分慣れた

 


孤独は一つ 一つの何か

その何かは まだわからない

一人の一つ 一人一人が持つ

その正体は きっとずっとわからない

 


彼が悲しむ時や 苦しむ時に

誰かがそばに居なくても

彼にとっては 問題ない

ただ一つの 心残りを除いて

 


彼を変えた 一人の女が

この部屋を出て行って 5年が経つ

彼は毎晩 彼女に出会う

全く知らない人同士のままで

 


目が覚めると 頬に伝った

涙が枕を 冷たくしている

彼はその時だけ 誰かの影を

映し出して 部屋の壁を見る

 


彼に残った 一欠片の心残りが

他の誰かとの 橋だと知らずに

彼は懸命に この心残りを

踏み付けて 細かく砕き続ける

 


もし見えなくなるほど細かくなれば

彼はきっと耐えられなくなる

助けを求めて 誰かを探し始める

しかしそれでは 少しだけ遅い

 


クローゼットの中に 入ってみよう

ワンルームにしては 大きな収納

その暗闇を その温もりを

ひたすらに撫でて 大きな熊に変えよう

 


そして部屋に戻り 空のペットボトルを

小鳥に変えて 肩に乗せよう

古い雑誌を狸に ボールペンを蛙に

投げたリモコンを 兎に変えよう

 


愉快な部屋で 戯れていよう

もう一人じゃない もう大丈夫だと

彼は信じて 窓を開ける

心地良い風が入る

 


彼は大きな熊に乗って

肩に小鳥を乗せて

狸と喋り 蛙と歌いながら

兎と踊っている

 


玄関の扉が開く 夢に見た女が立つ

真っ白なワンピースで 出会った頃のままで

彼は笑顔で 彼女にこう言う

「やっと会えたね」と 彼女も笑い返す

 


それからというもの 部屋は片付く

綺麗なワンルーム 全てが悪くない

大きな熊も小鳥も狸も兎も

彼女も 彼の周りで 楽しそうにしている

 


彼は笑う 踏み付けた足の裏

もう見えなくなった 心残りの欠片

彼はおかしくて仕方がない

笑い過ぎて 涙が出てくる