No.384 小さな彼の小さな物語

 

 

切なく響く 黒い振動

熱くなったら 溶け出してくる

道路の隅っこに おもちゃのブルドーザー

コンクリートに タイヤがめり込む

 


小さな作業着を着た小さな彼は

小さな白いヘルメットでホイッスルを鳴らす

視界良好だったが 最悪のタイミングで

雨が降って 雷が鳴る

 


小さな彼の乗る 小さなロードローラー

小さな足で進めると 地は固まってゆく

涙の雨の日も 俯くことなどない

その頃 おもちゃのブルドーザーは ぷかぷか浮かぶ

 


雨は激しくなって 道は川のようになって

小さな彼の 小さなロードローラー

流されて 半分沈んでいる

小さな彼は それでも小さな足で漕ぐ

 


鉄パイプとスコップの雪崩と

雨と一緒に滑り落ちて 小さなロードローラー

ガタガタになって 転がらない

小さな彼は それでも腕で押す

 


工事現場に貼られたテープの

ゴールが見えて来ると

小さな彼は 小さな白いヘルメットを取って

降りしきる雨の中 父親を呼ぶ

 


作業を休んで 雨が止むのを待っていた父親は 

小さな彼を抱いて 嬉しそうに笑う

タバコと コーヒーのにおいが付いた髭で

小さな彼の頬を すりすり擦る

 


小さな彼は 父親に会うために

小さなロードローラーで 道をならした

平らになった 小さな彼の道筋は

途方もなく長く 果てしなかった

 


小さな彼の偉業は 父親の同僚に知れ渡り

小さなロードローラーは 新しい三輪車になる

それでも小さな彼は ボロボロに壊れた

小さなロードローラーに乗り続ける

 


それから おもちゃのブルトーザーは

小さな彼を追って 家に辿り着く

チャイムを鳴らせずに 困り果てていると

小さな彼が出て来て そいつを拾う

 


小さな彼が 大きな彼になって

大きな彼の妻が 「小さな彼女」を授かり

その「小さな彼女」も 「大きな彼女」になり

大きな彼が 萎んだ彼になった頃

 


そのしわくちゃの手で 小さなロードローラー

おもちゃのブルドーザーをぴかぴかに磨いて

「大きな彼女」から いずれ生まれ出てくる

「小さな彼」へ 送ってみようかと思い 微笑む