No.469 彼はゼリー!
ゼリー状の彼は いつも羨んでいた
形の崩れない焼き菓子のような奴らを
掬われた半身が 誰かに食べられて
「何もかもお仕舞いだ」と喚いている
彼は扇風機の前で 自分の声を揺らしてみた
声は彼よりも固まるのが早かった
カーテンの前に落ちた その声を拾い上げて
掬われた半身の代わりにはめ込んでみた
焼き菓子のような奴らが彼の背中を指差して
「ああはなりたくない」と言った
ゼリー状の彼は その指を噛み千切って
郵便ポストの中に閉じ込めてしまいたいと思った
その夜 ベッドの上で彼は完全に溶けてしまった
ベッドは彼を吸い込んで 少し柔らかくなった
彼の知人がそのベッドを不用品だと思って
持ち帰って寝てみると 妙に寝心地が良かった
No.468 紫色の薬の男!
彼は婆ちゃんに言われて 紅茶を入れていた
紫色の薬を 花柄のカップにだけ入れて
苦しそうに咳をする 婆ちゃんは紅茶を飲んで
「いつもありがとうね」と言って西部劇を観ていた
彼は爺ちゃんに言われて 鉄砲を磨いていた
紫色の薬を 汚くなったタオルに付けて
目が悪くなってきた 爺ちゃんはポッケを探り
「いつもありがとうな」と言って小銭をくれた
彼は路地裏に倒れた 汚いコートの男に
紫色の薬を せがまれて仕方なくやった
苦しそうにしていた 男は薬を噛んで
「今晩は良い夜だよな」と言って夜空を眺めた
彼は酒屋のテーブルの 向こう側にいる女に
紫色の薬を 入れたカクテルを奢った
目蓋が重くなってきた 女は彼に擦り寄り
「今晩泊めてくれる?」と言って一緒に眠った
彼は次の朝になって 女がいないと気付いた
紫色の薬を フィルムケースごと盗まれた
気が遠くなってきた 彼は女を恨んだ
「あれがねえと死んじまう」と言って今度は一人で眠った
No.467 0
彼は鎖で身体を縛られ 拷問を受けていた
周りには水が何リットルも積まれていた
彼はびしょびしょの髪の間から睨んだ
銀色の男は サングラスをかけていた
「0になるまで待ってやる」
タイマーを合わせ 銀色の男は部屋を出て行った
「何も言うことはない」彼はそう呟き
0になるまで男を待たせてやった
戻って来た男は「随分しぶといな」と言って
三発 彼の頬を叩き 彼の口の中は鉄の味になった
彼は「随分しつこいな」と言って
銀色の男へにっこり笑ってみせた
本当に彼は知らなかっただけだが
銀色の男は 彼が知っていると決めつけた
変わらない質問に答えられない代わりに
彼にとってもっと重要な答えを 彼は見つけ出した
「もし望む答えが欲しいと言うなら
俺のことをもう放っておいてくれないか?」
彼は銀色の男にそう言ってみた
銀色の男はまた「0になるまで待ってやる」と言った
「へえ そうかい」と言って彼は0になった
銀色の男は部屋を探したが 彼は見つからなかった
0になった彼は男を鎖で捕らえて
「今度はお前が0になるまで待ってやる」と言った
No.466 中に居る彼!
悲しみの悪戯も 彼にとってはもう
どうでも良いような 清々しい顔をしていた
悟り切って 涙を流すことすら忘れて
一番不幸な時でさえも 幸せと錯覚していた
彼はちっぽけで退屈な日々の中
現実より少し下の暗闇の中
彼は丸括弧の中 舌打ちまみれの会社の中
(虚な目をした男の 頭の中)
悪戯な目配せも 彼にとってはもう
どうでも良いようなフリ 白々しい顔をした
開き直って よだれを垂らして求めて
一番不安定な時に 彼女と出会った
彼はちっぽけで窮屈な部屋の中
理想が花を咲かせる押入れの中
彼は鉤括弧の中 口付けだらけの深夜の中
「虚な目をした男の 心の中」
No.465 ターコイズ・ターコイズ
ターコイズで出来た 髑髏のネックレス
彼はそいつに 精神を捧げている
前髪が抜けるほどに上がり 額に血管が浮き出る
バイクはスピードを増して 増して 増していく
彼が通ると店や家々のガラスが割れる
ぶら下がるターコイズの髑髏は笑っている
近くを歩く人々は 何メートルか飛び
その風が彼によるものということに気が付かない
増して 増して 彼すらも制御出来なくなると
ターコイズの髑髏は彼の身体になり始める
伸びて 首元を締め上げるように絡みつき
フルフェイスヘルメットを突き破る
ターコイズは広がり 彼の形に合わせてゆく
背中から腰まで包み 腕を伝って手の先へゆく
腰の方から下へ伸び 太腿から足の先へゆく
赤いバイクまでも包み込み ターコイズになってゆく
やがて彼はターコイズブルーの光になり
地球を一色に染め上げ 境界線をなくす
ヘッドライトに君臨する髑髏は いつまでも笑い
彼を自由にしたくてウズウズしている
ターコイズとの対話しか出来なくなった彼は
あらゆる物事を彼方へ置き去りにしながら走る
一色の地球の自転は 彼と共に加速して
月に近付き 突き飛ばしてやろうと 髑髏は考えている
No.464 サッシの男!
サッシで寛ぐ蝙蝠とお茶を飲んでいた彼
後から来た蝿どものせいで追い出された
その後すぐに そこの住人が窓を閉めて
蝙蝠と蝿は勢い良く押しつぶされた
仲の良かった蝙蝠へは悲しみの言葉を
彼を追い出した蝿には「ザマアミロ」と
蝙蝠と過ごした家から 彼は フラフラ歩き出して
遠く離れた山奥の陶芸家の家に向かった
陶芸家の家は何が良いのか?
当然ながら住人はあまり動き回らない
窓を開けっぱなしにして 大きなサッシを
彼に「どうぞ」と言わんばかりに開放するから
彼は金属の冷たさを背中に感じながら
森の木々の隙間から 差し込む日の光を見て
遠くから聞こえる ろくろが回る音を聞き
蝙蝠の姿を木の葉に思い浮かべた
(翼を広げて お茶を飲んでタポタポになった腹で
蜘蛛の巣の合間を 回転しながら飛んでいる二匹
あの忌々しい 大きな羽音さえ
今ではもう 「蝙蝠」ほどに懐かしく 美しい)
No.463 初めて魔法を使えた彼!
灰色の空を一瞬にして虹色に変えた先生が
彼に言った言葉は「なんでもできる」だった
それから彼は帰った後も杖を振り続けた
蛙が鳩になって 窓から飛び出して行った
道ゆく人に挨拶をする時 彼は考えた
(あのぼうしを もっとオシャレにしよう!)
杖を振ると 光線は帽子を外れて
気難しい爺さんの家の窓ガラスを割った
彼は一目散に逃げて 校門を通り
靴を履き替えて 自分のクラスに行った
今日も先生が水槽の中の金魚を
虹色に変えて 彼にこう言う「あきらめるな」
その先生以外の授業は退屈だが 下校時間はすぐに来た
彼は帰り道にバッタを拾って公園に行った
滑り台に乗せて 彼が杖を振ると
バッタはバイクになって 勢い良く走り去った
嬉しくなった彼は 母親にそのことを言った
母親は彼を叱り付け バッタを探すように言った
探し終えるまでは夕飯は出て来ない
彼は仕方がなく バイクになったバッタを追いかけた
バイクになったバッタは 川に落ちていた
彼が掬い上げても 動かなかった
悲しくて 涙が溢れ 彼はバッタに何度も謝った
箒で飛んで来た母親は 彼の頭を撫でた
その日の夕飯には好物ばかりが並んだ
彼は誰かのために 何かをしたくなった
彼がそのことを母親に伝えると 母親はにっこり笑って
「それがまほうというものよ」と言った
次の日は学校が休みだった
彼は古い箱を引っ張り出して来た
目を閉じて 神経を集中させて
杖を振り下ろすと 箱は不細工な人形になった
大喜びで彼は 母親に人形を持って行った
母親は不思議そうに人形を抱えた
人形が「オオ イトシイ マリー」と言うと
母親は泣き出して 彼をぎゅっと抱きしめた
次の週 学校に行くと 先生は言った
「きみは まほうをおぼえたようだね?」
彼は胸を張って 先生に答えた
「せんせいのいうとおりにしたら できました」