2020-06-05から1日間の記事一覧

No.476 パーソナルスペース

些細な音に敏感な彼は 箸が皿に擦れる音を気にした 後ろでガタガタ揺れるドアを気にして 冷蔵庫の唸り声を気にした やがて 彼にとって世の中の全てが 巨大な蓄音器のようになった 目に入る色も音に聞こえて 嗅覚や味覚さえも音に聞こえた 胡瓜の緑 青臭い音…

No.475 涙を拭いて

(雨だから気にならない) 油断していた彼は 大いに笑うように 大いに泣きじゃくった 通行人は彼を不審者だと思ってしまったが 彼は通行人を天使か何かだと思っていた 騒がしい夜は終わってしまった そして悲しみは彼の重りになってしまった 強がってはなら…

No.474 強い彼?

彼は煙草を吸っていた いつも同じような曲が流れる部屋の中で 時代遅れな方法で 色々な詩を書こうとしていた 彼の周りにいる人が何と言ったとしても それは無駄なことだった 彼はずっと ずっと 詩を書こうとし続けていた 煙る部屋の空気を入れ替えることもな…

No.473 弱い彼!

傷付きやすい彼は気にしないようにすればするほど 気にしすぎてしまい さらに傷を増やしてゆく 被害妄想では説明が付かない誰かの本音を まともに受け止めて いつまでも煮込んでいる 頭の中の鍋があると想像して欲しい その鍋の中には誰かの言葉が入っている…

No.472 観察者

一人目は店内を見回した後 店員に文句を言っていた ほとんど何を言っているかわからなかったが 激しく怒っていることだけは伝わってきたので (おそらくこの店の関係者だろう)と彼は思った 二人目は店内に入ろうとしていたが 中の列を見て 諦めて帰って行っ…

No.471 男の友人

南口を出た男は「随分変わったな」と言った 男の友人は「前からこんなだよ」と言った 横を通り過ぎる女たちは男の話をしていた 南口を出た男のことではないと分かりつつ 南口を出た男は耳をそばだてた 次の日 男の友人は地元の女友達と遊んでいた 南口を出た…

No.470 「彼」

___酔い潰れた後の街並みは彼に優しかった ぐわんと揺れている光は道標になった 彼の手を引く女が どこの店へ連れて行こうが 彼には記憶は残らない 財布の中も同じく 次の日にパソコンの前に座っていると 二日酔いのせいか画面が何重にも見えた 彼が「早退す…

No.469 彼はゼリー!

ゼリー状の彼は いつも羨んでいた 形の崩れない焼き菓子のような奴らを 掬われた半身が 誰かに食べられて 「何もかもお仕舞いだ」と喚いている 彼は扇風機の前で 自分の声を揺らしてみた 声は彼よりも固まるのが早かった カーテンの前に落ちた その声を拾い…