No.476 パーソナルスペース

 

 

些細な音に敏感な彼は

箸が皿に擦れる音を気にした

後ろでガタガタ揺れるドアを気にして

冷蔵庫の唸り声を気にした

 


やがて 彼にとって世の中の全てが

巨大な蓄音器のようになった

目に入る色も音に聞こえて

嗅覚や味覚さえも音に聞こえた

 


胡瓜の緑 青臭い音にやられて

食が進まない彼は 白米を残した

彼の家のゴミ箱の中の生ゴミ

汚く腐った音を出して彼を責めていた

 


青の空は甲高く煩かった

黒い夜になると重苦しくて煩かった

カーテンを閉めても カーテンの茶が煩かった

耳を塞いだとしても 音は追いかけてきた

 


彼が両眼を瞑り 鼻を摘み

だんだんと音に慣れていく訓練をして

色やにおいや味を区別出来るようになるまでに

耳は退化して 音自体は聞こえなくなった

 


彼にとって世の中の全てが

宇宙のように感じられた時

彼の身の回りで起こる全ては

無重力の自由を得た