No.570 280円の旅

 

 

彼女は髪を整え 服を着替えた

彼はその間 煙草を吸った

午前10時 目的地は隣の駅

歩いてもそれほどかからない

 


道を間違えても 全て知っている

駅までの距離を 測るまでもない

どうしようもないほどに 晴れた空には

不安なことは 何一つない

 


140円の切符を 2人分買って

電車を待つ間 ホームでボーリングをした

彼が持つ巨大な空気のボールで

憂鬱そうなスーツたちが カコンカコンと倒れた

 


電車は毛並みをなびかせて

馬に似た顔で挨拶して来た

「今日はどちらまで?」

「隣の駅まで」と言うと鼻で笑われた

 


車内で彼は 彼女に肩を組んで

「こんなに背が高かったっけ?」と聞いた

彼女は少し恥ずかしそうに

「厚底の靴を履いているから」と答えた

 


隣の駅に着くと誰よりも早く降りて

誰も使わないエレベーターでゆっくり上がった

改札前の人混みはそれほどなく

「東京都下」で スキップをした

 


歩いて行くと 煌びやかな店があった

店内からは 銃声が鳴り響いていた

彼と彼女は その店に立ち寄って

反動で飛んでいきそうなリボルバーを撃った

 


その先には何種類かの的があって

少女 警察官 無法者が並んでいた

警察官だけを撃ったので

彼と彼女は (明日はない)と思った

 


その店を出ると電気屋によったが

目当ての物がなかったので 彼は不機嫌になった

不機嫌な彼を笑わせようとして

彼女は鼻にコンセントを刺した

 


コンセントの先のテレビがつくと

彼は笑いすぎて過呼吸になりそうになった

恥ずかしくなった彼女は厚底の靴を脱いで

硬い面で彼の頭を殴った

 


笑い疲れて 殴り疲れて

彼と彼女は 帰ることにした

とっくに当たりは真っ暗になっていた

時間は光よりも早く過ぎていった

 


馬に似た顔の 今朝会った電車に

「帰りはどちらまで?」と聞かれ

少し考えた彼は 彼女に耳打ちをして

彼女が笑い 頷くと 「帰らないよ」と答えた

 


それから彼と彼女は 徒歩で旅をしている

絵葉書が毎年送られてくる

相変わらず「東京都内」には行かずに

「東京都下」で 観光をしている

 


確かに明日はなかったかもしれない

彼と彼女の 予測していた「明日」は

リボルバーと一緒に飛んでいってしまった

今日も何処かで 馬鹿をやっているだろう