No.522 剥がす男!

 

 

彼がふと時計に目をやると

左手の手首が少しめくれていた

気持ちが悪いので

少しずつ剥がしてみることにした

 


(表面にあった皮膚が

 何かの拍子に浮かび上がったのだろうか?)

剥がし続けると左手の形に

すぽっと抜けて 彼は驚いた

 


二分後 彼はまた時計に目をやった

正確には 先程脱皮した左手を見た

また 少しめくれてきているようだ

息を吹きかけると びたびたと手首の表面が波打った

 


その時彼は電車に乗っていたが

辺りを見回しても 疎らに乗客がいるだけで

彼の左手が脱皮したことにも

気がついていないようだった

 


見られていない事に気が付くと

誰かにこの現象を見て貰いたくなったが

そんなことを突然言える訳もなく

黙ったまま 彼は左手をもう一度剥がしてみた

 


目的の駅に着くまでの一時間三十分の間

彼は二分置きに左手を剥がしていった

みるみる小さくなって恐怖を感じたが

何故か どうなるのかが気になった

 


結局 彼の左手はなくなってしまった

目的の駅に着き 扉が閉まりそうな所を

慌てて降りると 外していた腕時計は落ちてしまった

彼は 腕時計は二度と買わないと決めた

 


電車の中で剥がされた左手の皮は

彼が気が付かない間に分解されて 塵となった

脱皮のことは誰も知らないし

彼の左手がなくなったことも誰も知らない

 


落ちてしまった時計は

彼が降りた駅から二駅離れた駅で

乗車した男に拾われて

そのままその男の左手に付けられた

 


彼が家に帰って服を脱ぎ

シャワーを浴びようとした時

鏡に映った肩甲骨のあたりが

少しだけめくれていると気がついた

 


残った右手でそれを剥がすと

胴体の形に 綺麗に剥がれていった

また何故か どうなるかが気になって

どんどん剥がして 彼の胴体はなくなった

 


風呂に入る時に

洗う箇所が減って 彼は少し嬉しかった

しかし 風呂から出て鏡を見ると

その異様な姿に絶望したりした

 


しかも なくなったと思っていた箇所は

見えなくなっているだけで 存在していた

彼は左手で何かを掴めるし

胴体を掻くことも出来た

 


その後も 彼はめくれている箇所を見つけては

どんどん剥がしていき めくれるものがなくなった

(さて どうしようかな)と考えていると

家の床が少しめくれていることに気がついた

 


家族が旅行に行っていたことを感謝しながら

欲望のままに剥がしていく彼は

見えたなら 狂気じみて見えただろう

誰にも見えない 彼自身にも 彼は見えない

 


彼の二階建ての家は脱皮を繰り返し

跡形もなくなくなってしまった

彼は内心 猛烈に感動していたが

それを表現する声は発されなかった

 


今度は地面がめくれているのを見つけた

彼は 目の前を歩く女や子供に手を振りながら

それを剥がしてしまおうと掴み

ゆっくりと慎重に上に持ち上げていった