No.380 アパートな男
ドアを開けば 空に目玉が飛ぶ
雲ひとつない快晴のはずだったが
彼の目には 目玉が張り付く
昨日見た悪夢が 空を濁したのだろう
彼のつま先の住人が
最上階の脳に住む大家に
寒すぎて固まり 動けないと
苦情を言うが 無視をする
歩くと 靴が安い床を踏み鳴らし
階段を降りて 砂利道を少しゆくと
車道に出て 右に曲がり
信号に着いたら また右に曲がる
なだらかな坂 いつもの通り道
寒さに身を縮めて 右耳で電車の音を聞く
彼の左耳の住人は右耳の住人を羨み
自分も 電車の音で揺らされたいと思う
帰り道 袋には彼のアパートの住人が好きな
ラムネとチョコレート それからポテトチップス
左耳の住人は満足そうに電車の音を聞きながら
右耳の住人ににやりと笑ってみせる
信号に着いたら左に曲がり
少し歩いてまた左に曲がる
階段を登り 一番奥の部屋へ行く
安い靴で歩くと 床が悲鳴をあげる
彼の指先の住人が
最上階の脳に住む大家に
重くて重くて もう持てないと
苦情を言うが 無視をする
ドアを開けば 白い壁に目玉が映る
シミ一つないように見えたが
彼の目には やはり目玉が張り付く
彼のアパートの住人は じっと彼を見つめ続ける