No.403 キュビズム

 

 

彼は真昼のビルの上の方を見ていた

ビルの上で靴を揃えていた男も彼を見ていた

靴底のそばを通りかかった蟻は彼を見上げた

右のカフェの女も左を過ぎる老婆も彼を見た

 


真正面から見た男には 彼が鷹に見えた

鋭い瞳の端で手のひらを切り裂かれそうだ

羽根が生えているようにコートが靡いた

嘴の代わりに薄い唇が 怪しく光って見えた

 


下から見上げた蟻には 彼が怪物に見えた

人間が全てそうではない 避けてくれる者もいる

しかし 彼はそうではない 蟻は恐怖を覚え

死を間近に感じ 逸れた靴に安堵して泣いた

 


右から横顔を見つめた女には 彼が許嫁に見えた

死してもなお 愛おしい影はまとわりつく

「彼が本当にあの人なら」という思いに焼かれ

高い鼻をくすぐりたくなり 香水を振りかけた

 


左から横顔を睨んだ老婆には 彼が石に見えた

数百年前に呪ってやった小僧に似ていた

忌々しい血筋を感じて 彼を殺そうかとも思った

家で煮詰めている烏の死体を思い出して やめた

 


後ろから後頭部を捉えた誰かには 彼が見えた

どこからどう見ても 見えない彼の形が見えた

苦しみや悲しみに塞ぎ込んだ彼は 歩き続けた

あらゆる角度から描かれたが 後ろ姿は明白だった