自動記述日記(何年か前に書いたもの)

年を取ることが怖い。自分自身驚く程に自分自身の姿が変わってゆくことへの恐怖が強い。毛が生えてなくて声が高くて身長もそこそこ。それがちょうど良い。
適度に自由で適度に厳しい。高校というある種囲われた世界の中の居心地が良い。不良たちが小突いてきたりしても気にならない。僕は昔から道具役に慣れているからだ。
僕は弱くない。喧嘩の経験はあるし泣かされたことはない。ただ人を痛めつけるのは趣味でないから相手の意思をくじく程の暴力が振るえないだけだ。きっと危機的状況なら出来るだろう。しかし学校生活の中でそれをしては居心地が悪い。僕はいつも端っこの席に座りながら校庭を眺めて思っている。突然人を殴ったり蹴ったりしたくなるのは誰にでもあることだ。
アーとかウーとか唸る雲が雨を降らせようとしている。何故空は雲を遮ることの出来ない青なのか。何故雲は青を遮る白なのか。はたまた何故黒っぽくなるのか。雨は水色ではないのに何故イラストではそうなのか。色々なことで頭が混乱しそうになる。

他にも色々な妄想をする。

ウサギが耳に日の丸の旗を付けて尻尾に星条旗を付ける。それを赤く染まった服を来た星が追いかける妄想。
大きな木の穴の中の巣の小鳥の餌の蜂の猛毒の針の煌めきに魅入られた魔女の妄想。
外人が日本語をペラペラ喋ってくるのに僕はそれを全く理解出来ず挙句の果てに激怒され拳銃で撃たれる妄想。
大好きなあの子が大好きなあの子と手を繋いで大好きなあの子の話しをしながら大好きなあの子の家に帰ってゆく妄想。
男と女のない世界の妄想。
モノクロの絵画が飾られた迷宮みたいな美術館に迷い込んで酸素がだんだん無くなってゆく妄想。

多分これを真面目に話しても誰の得にもならないし誰も喜ばない。だけどこれは本当に僕が考えたことだし考えようとして考えているわけではない気がすることもある考えごとだ。止められない。妄想は誰かのためじゃなくて自分のためだけにある存在なのだと思う。だから妄想を面白いと思えるのは僕自身だけなのかも知れない。
校庭で遊んでいる奴らが爆弾になって職員室や忌々しい視聴覚室に飛び込めば良いと何度思ったか。でもそれは実際には起こらないこと。しかもそれは皆に話したら頭の病院に連れて行かれるような話であることはわかっている。
頭がおかしいとは思わないが頭が悪いとは思う。しかし僕を殴ったり蹴ったりする奴らよりマシだとも思う。誰でも誰かより自分の方がマシだと思っている。

混沌という言葉が好きだ。蝸牛の殻のようにぐるぐるしている迷路の中を彷徨いながらバニラアイスを溶けないように食べている僕を想像する。妄想よりももっと鮮明に想像する。バニラアイスは冷たくて痺れた舌に乗るたびにじわじわ溶けてゆく。誤魔化された甘さは熱と一緒に戻って来て口の中に広がり続ける。先生はこっちを見て眉を顰めているけれど僕はそれを完全に無視する。

僕の手を愛している蝿がいるらしい。そう思うのは今まさに手の甲に大きな蝿が止まっているからだ。僕はその蝿を見つめた。見つめ続けて蝿が逃げるか試してみた。しかし本当に蝿は僕を愛し始めているらしい。後ろの片足を上げている彼(或いは彼女)はとても繊細な命の灯火を感じさせた。彼と話してみたい欲求が僕の中で沸騰しそうになった。
もし彼女であれば綺麗な花をあげよう。食いしん坊なら毎日の食事を少しだけ分けてあげよう。しかし蝿は僕の方を向かず(実際には見えてるかも知れないが頭はこちらに向けなかった)複眼の弾く光は僕に当てられたのではなさそうだ。

先生が何か僕に言っている。しかし僕は知らないふりをした。先生の目が少し怖くなる。そう感じるのは視線を浴びる右頬が痛むからだ。
日の光は僕を包み込んでいるようだった。太陽より月の方が好きだけど珍しく太陽に惹かれた。雀がちらほら飛んでいる。

ふと中学の時駄菓子屋でラムネを盗んだ記憶が蘇る。何故あんなことをしたのか忘れてしまった。けれどラムネの味とその弾け具合は鮮明に思い出せた。炭酸の海で溶けてゆくイルカたちの妄想を連想した。膨らんでゆく世界が僕の頭の中で蠢くたびに破裂しそうで怖い。頭蓋骨がプラスチックなら僕の頭は変形してしまっただろう。

チャイムが鳴り思い出が音の波にさらわれた。それと同時にいつもの不良たちが僕の席の回りを取り囲んだ。「◯◯何やってんだよ」僕の名前を呼んだそいつの顔は酢豚に入ったパイナップルのようだった。「な なにもしてないよ」僕の声は蚊の羽音のように掠れて薄汚く響く。「何もしてねえだと」もう一人の不良がジーンズのダメージのように睨みつける。「ぼ 僕に構わないで」また蚊の羽音みたいな声だ。
奴らは不細工な顔でマジマジと僕の顔を覗き込んだ。きっとこの酷い顔を足して二でかけて四分の一にしたら僕の顔になるだろう。僕も相当酷い顔の持ち主ということだ。
やがて諦めたように何処かへ行く。僕の知る限り二人は一番最低な男たちだ。

一方地球はるか彼方。テンガロンハット星のアポロが僕にメッセージを伝えてきた。どうやらエイリアンに襲われたらしい。直ちに助けに向かわなければ。という妄想の中で僕は星たちを見た。現実逃避にはうってつけの星たち。綺麗だ。青やピンクや黄色や赤や白。他にも様々な色が散りばめられている。

それから僕は昔UFOに乗ったことがある。

VFXのような光線を浴びた僕はきっと常人では理解出来ない何かが理解出来るはずだ。UFOに乗っていた彼らは人間の型に流し込まれプレスされているらしい。僕はダビデ像そっくりの彼らにあらゆる質問をされた。恐怖よりも好奇心が勝った僕に彼らは好意的な反応をしてUFOの中でご馳走を貰った。ゼリー状なのに色々な食感と色々な味がして美味しかった。
プラシーボ効果で僕は元気になった。彼らの食事にはエネルギーが溢れていた。そのまま帰って徹夜をした。ひどく楽しい一日だった。