No.572 彼の靴!

 

 

履き心地の良い靴で 家を飛び出した

3歩進んだところで 彼はつまずいた

顔面がコンクリートに突き刺さり

抜けなくなって 助けを求めた

 


近所に住む主婦が 彼を見つけて

「今日も精が出るわね」と抜かしやがった

彼は怒りで 言い返したくなったが

コンクリートに頭まで沈んでいた

 


通りがかった女子高生たちが

何枚か写真を撮っているのがわかった

下校途中の小学生たちが

何本かの棒で突くのがわかった

 


彼はどんどん コンクリートに沈んで行った

素晴らしいことに 地上の音は聞こえた

彼を心配する者は 誰一人いなかった

帰宅する家族でさえ 彼を素通りした

 


最後の最後 もう少しで全てが

コンクリートに沈んでしまう時

彼は履き心地の良い靴を必死に脱いで

少しでも自分に痕跡を残そうとした

 


脱ぎ捨てられた靴を 浮浪者が見つけた

大事そうに 抱えて持ち帰った

中古買取をしてくれる店で

150円を手に持ち 浮浪者は去った

 


店員は その靴を見て

状態があまりにも良いので

値段を付けて 自分で買った

帰ってから 試し履きをした

 


履き心地の良い靴で 家を飛び出した

3歩進んだところで 店員はつまずいた

足を前に出して 沈まずに済んだ

コンクリートは 水面のように波打った