No.397 きっと気のせい!

 

 

身体が痛むのは きっと気のせいだ

寒さもきっと気のせいだ

何故なら 彼はもう麻痺してしまっている

全てが気のせいになってしまっている

 


黒く沈んだ瞳の中に一人の女を閉じ込めた

彼は彼女を大切には思っている

だが 彼の思いは彼女に届くことはなく

檻に閉じ込めることしか出来ない

 


固く結んだ靴紐の間に

彼女と交した約束の日々が挟まっている

伸ばしっぱなしにした髪の毛の色が

彼女の涙と同じ彩度になっている

 


きっと気のせいだ 彼は瞳をつまんだ

きっと気のせいなので 痛くはない

彼女は黒い瞳の中で眠っている

虹彩が彼女を抱え込んでいて 美しい

 


しかし やはり きっと気のせいだ

彼は瞳を遠くに投げた

それから靴紐を解いて 揃えて置いた

忘れたフリをしてそのまま歩き出す

 


「きっと気のせいだ」

彼は呟いた 片方の世界を見つめて

片方が無くなると 急に心細くなった

しかし それも きっと気のせいだ

 


彼女は投げられた瞳の中で

ぐるぐると回り続けて嘔吐した

彼はもうやって来ることはないが

彼よりも彼女の方が傷付いていた

 


何故なら やはり きっと気のせいだからだ

彼は思い出の品を捨てるように

自分の身体を分解していって

最後は頭だけが残った

 


きっと気のせいだ

片側の世界が見えるのも

口の中が柔らかすぎるのも

鼻の先が異様に足りないのも

 


瞳の中にいた女は

何処かのトラックに潰された

ジャムのように引き伸ばされて

彼の呪縛から開放された

 


彼は きっと気のせいだと思った

自分自身の存在を

瞳の中の女の存在を

この世界の存在を 気のせいにした