No.228 無題

 

 

もやがかかった視界の先に

面倒なものが沢山落ちていて

近付いて 見ようともしないで

蹴飛ばして進むことしか出来ない

 


「誰もが病にかかっているのだろう」

彼はそう言っていた

「私は正気 貴方とは違う」

彼女はそう言っていた

 


とてつもなく大きな山に見えるものが

折り重なる人間の死体だったとしても

蹴飛ばしながら進むことに変わりなく

もやは一向に晴れることはないだろう

 


「誰もが気付いて欲しいと思っている」

彼はそう言っていた

「私は一人 気付かれずにいたい」

彼女はそう言っていた

 


彼も彼女も もう存在していないが

病は相変わらず 何処にでも存在している

蹴飛ばした靴に穴が空いてしまっても

視界の悪さに安心する日々は続いた

 


「誰もが美しい過去を思い返している」

彼はそう言っていた

「私は現在 過去でも未来でもない」

彼女はそう言っていた

 


もやがより濃くなっていき

その色が瞳に張り付いている気がした

彼と彼女が話したことも忘れてゆき

最後には足を止め 進むことはなかった