No.453 Fighter

 

 

彼の瞳の中に何が見えた?

怒りの光と悲しみの影

喜びはない 絶望は無意味なものとして捨てた

彼の瞳の中に住むのは 握った拳と受けた痛み

 

彼の鼓動を彼女は感じた

ソファの上で ベッドの上で

草原の上で 硬いコンクリートの上で

夏の間に ひんやりとしたフローリングの上で

 

彼女は何処かへ行ってしまった

もう誰かと結婚していてもおかしくない

彼のことなど忘れて

子供を産み 幸せな家庭を築いているかも知れない

 

彼は今日も一人の時間を噛み締める

常にある重圧と 一人っきりで戦っている

彼は彼女に対して怒りも悲しみも湧いていない

二人の時間は ただ過ぎ去っただけだった

 

試合はいつも街中で行われた

相手を殴り倒せば 野次馬が彼に分け前をくれた

賭けを仕切るのは この辺りを牛耳る悪党

彼は腕を認められていたが 蔑まれていた

 

ある試合の途中 相手の拳が彼の右瞼に目掛けて

殺気と共に振るわれた時

彼の脳裏に閃光が走り 彼女の顔がはっきりと浮かんだ

死を感じ 彼は本当の幸福を見たのだ

 

彼の瞳の中に何が見えた?

今日への感謝 明日への希望

そんなものはとっくの昔 殴られた時にぶっ飛んでしまった

彼の瞳の中には 郷愁だけが残った

 

もう怒りも悲しみもない

彼は気絶して周りの人々に介抱されていた

「誰かが君のポケットから財布を盗んだぜ!」

一人が言っていたが 彼は笑ってしまった

 

部屋に帰ると 孤独の塊があった

彼の拳は そいつを殴り終えると意思をなくした

ずっと前に仕舞っていた絵具と筆を探し出して

その日に見た幻影を描き映すことにした

 

彼はそれから 何ヶ月も引きこもって

壁に大きな 彼女の絵を描いた

もう握られることのない拳は力を無くしたが

彼女が彼に与えた優しさを取り戻していた

 

彼の部屋に 彼女が来ることはあるだろうか?

その時 彼の瞳の中には何が宿るのだろうか?

彼はどれほどの人を傷つけたのだろうか?

彼は 彼女との日々の中で 彼女を幸福に出来ていただろうか?