No.430 部屋の中の彼
フローリングの冷たさが頬に伝わる
瞳を閉じて 彼は数を数える
頭の方から生温い感触がする
瞳を開けて 彼は立ち上がる
雑巾でフローリングに付いた血のりを拭き
食用洗剤をぶち撒け 擦る
彼の目には生気が蘇ってくる
ふつふつと湧き立つものが 怒りではないと感じながら
部屋にはごちゃごちゃと物が置かれている
ソファの上にはクッションが5つ並ぶ
観葉植物が親しげに彼を眺めている
壁に開いた穴から外の景色が見える
火がついた車の前で男たちが殴り合っている
泣き叫ぶ女に抱かれた子供は人形のように目を動かさない
彼はそれを見て またふつふつと湧き立つものを感じる
誰のものでもない道路に 誰かの財布が落ちている
誰のものでもない水溜りに 犬のぬいぐるみが落ちている
彼は部屋の電気をつけ ソファに座り 灰皿を近くに寄せ タバコを吸う
手元を見ると 汚れている
水道まで行き 水を出し 石鹸で手を洗う
彼の中で ますます事実が明確になる
またタバコを吸うためにソファに座り 灰皿を近くに寄せる
彼が悲しみを噛み締める前に
壁の穴から見える景色が忘れられる前に
ボールペンを手に取り 分厚い手帳に書き記す