No.315 竜脚

 

 

    「もし 巨大な恐竜になれたとしたら

        君は人を踏み潰さないと誓えるか?」

 


彼が言った言葉を繰り返し

雨の音を聞く 午前三時

あの時のことを思い出すのは

いつ以来だろうか

 


首を長くして待っても

再び彼に会うことはなかった

そしてこれからも いくら待ち続けても

彼に会うことは無いのだろうと感じた

 


薬は十二時間しか効かない

部屋に丸まっている時にくい込むソファが

あと九時間 同じ場所にあることを知らせ

憂鬱がのしかかり 天井に潰されている気がする

 


骨が呼吸の度に軋む 朝が過ぎ 太陽が登り

ちょうど真ん中へ来るまで このままで居るしかない

誰も来ない部屋は もう何年も一人きりの部屋は

殺風景な壁の 意味不明な言葉を読むしか暇潰しがない

 


初めて 人を踏みつぶした時は

凄く楽しかったのに

二回三回と数をこなしていく度

虚しくなっていくのを感じた

 


麻酔銃を撃たれ 眠くなる瞳の中には

悲鳴と 誰かの叫び声だけがあって

その時何故か 嬉しくなった

もう 踏みつぶすことも無いのだろうと思って

 


草食なのだろうけど 元は肉が大好きで

大きな身体に入った石は 牛や豚をすり潰せない

 


石が擦れ合う音を聞いていると 

過去にいたであろう仲間たちの死骸が

今も飾られて 呑気な人間に晒されているのを思い出す

あそこだけは あいつらだけは 潰しておけば良かった

 


本当は 結末を知っている

例え人間になる時間があるとしても

この部屋を出て行けない

何故なら もう人間の考え方を忘れたからだ

 


記憶だけがある

何億年前に どうして死ななくてはいけなかったか

踏みつぶした 小さな恐竜の数

愛すべき妻と子供たち 仲間たちの鳴き声

 


小さな窓から 忌々しい毛むくじゃらの腕が伸びて

大量の腐った人参の皮や 黒ずんだ玉ねぎの皮が投げ込まれた

それを食べながら 涙を流している

人間になる時間は ソファに座って 涙を流すだろう

 


不味くて仕方なかったけれど

腹が満たされていくのを感じて

きちんと石が それをすり潰す音も聞けて

なんだか眠くなって それから…

 


起きると 小さくなった身体から

匂いのキツい塊が 鮮血と一緒に排泄されていた

それをもって トイレに流した

ソファに座って 膝を抱えて泣いた

 


この時間だけは思い出せる

あの男が 実は悪人だったんじゃないかって

試しにやってみただけ 好奇心があっただけ

彼はその結果 一人目の犠牲者になったって

 


十二時間後 またあの姿になる時まで

恐怖心を抱えたまま 同じ場所に居るのだろう

人間の時は 人間が恋しいけれど

踏み潰した時の感触も覚えているのは厄介だ

 


さて 何をしようか そう考えていると

昨日出来損ないのご飯を投げ入れた 毛むくじゃらの腕が

中指を立てながら 遅めの昼食を投げ入れた

「てめえ いつまで生きてんだ」

 


それはこっちが聞きたいことだった

「お前 臭くてたまらねえや」

彼は不機嫌そうに帰って行った

惨めな思いで昼飯を食べながら ソファで泣いた