No.320 虫歯な男

 

 

歯の痛みで彼は目が覚めて ロウソクを付けた

淡い光が 木漏れ日のようだが 顔は渋い

落ち着くために流すのは ピアノだけのアルバム

レコードがぶつぶつ途切れる度 歯が軋む

 


歯医者に言われた

「来週また来てください」

そんなことを彼が守れるはずもなく

「きっとあのヤブ医者のせいだ」とのたまう

 


汗だくになりながら 揺れる小さな火を眺め

煙草を咥え ロウソクに近づけ 煙を吸う

危なげなかった昨日たちにさようならと言うと

今日は明日と繋がり 眠れない夜は朝になる

 


歯医者に行こう

彼は生まれ変わったかのような瞳で

降り注ぐ太陽を浴びながら街に出たが

歯医者は休日だったので 開かない自動ドアを蹴った

 


途方もなくなり 虫歯も暴れ出し

腹が立ったので 一人でゲームセンターに行った

四千円が両替機に挟まっていた 周りを見渡して

彼は 少しにやけながらそれを盗んだ

 


大きなぬいぐるみは 四千円でも取れなかった

彼はヤケになって もう四千円ぶち込んだが

大きなぬいぐるみは 弾み 端に行き

とうとうアームが届かなくなり 彼はやっと諦めた

 


歯医者に行く予定で残していた金もなくなり

めそめそしたい気分で夕方を歩いた

もうこんなに時間が過ぎていたのか

そう思った時 痛みが蘇ってきた

 


結局のところ 彼は歯医者に行かなかった

歯は無事に取れて ぬいぐるみも中野で安く買えた

ただ ひとつ欠けた歯並びが 痛々しさを醸した

煙草を吸うと右の上の前歯が ひゅうひゅう鳴った