No.319 電話に出た男
ひび割れた昨日が 足元に転がる
悪夢から覚めても 憂鬱はおどける
寒がりな心が 気温を無視する
暑がりな身体が 悲鳴を上げている
電柱が傾いて 標識が回転している
電線が吹かれて 風とたわむれる
びゅんびゅんという 音にまみれる
電気が 脳天から 降り注ぎ 真っ白になる
彼は それしか覚えていない
悪夢から覚めた日の記憶と 感情しか持たない
尖った牙を覗かせて 電撃となってすり抜ける
あらゆる電話を盗み聞き あらゆる光をもたらす
電気の一部になったから
もう何も恐れずに済んだ
意地悪な上司も 耳障りなため息もない
悪夢に出てきて 怒鳴られることもない
電気の一部になったから
一部にしか居られなくなってしまったが
そんなことを気にする暇はない
後ろに続く 電気の行進
そんなある時
見覚えのある場所に来た
それは あの 風とたわむれていた電線
後ろから 電気たちに押される
押され 押され 押し出され
彼はまた 真っ白な頭に戻って来た
生意気な電気が上で笑っている
目が慣れてくると 帰路に着いた
彼が 何日にも感じていたのは
たった一瞬のことだった
彼は そのことを知った時 首を吊ろうと決めた
そうだ その通り もう決めてしまっていたんだ!
だから言ったじゃないか もう遅かったって
彼は 何を言っても無駄だったんだよ
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受話器を置くと ため息を吐いた
奴が死んだからって どうだって言うんだ
誰も悲しまないし 誰も喜ばない
はた迷惑な野郎だよ まったく