No.318 走る男

 

 

突然の雷と雨に驚いて

駅で呆然と立っている一人の男

彼は傘など家にも置かない性格だが

流石に困り果てて 分厚い雨雲を眺めた

 


電車は洗われているように

物凄い勢いで水をはじき返していた

彼は 少し屈伸をして 大きく息を吸い

全速力で駆け出して 電車の真似をした

 


疾走感が大きくなればなるほど

彼の顔は痛いほどに雨を受け止めた

頭の中にドヴォルザークが流れて

いつもの退屈な景色は線になって過ぎた

 


伝うエネルギーと水で身体は膨らみ

爪楊枝で刺すと空気が抜けるのではと思った

ドヴォルザークが大人しくなっても

足がつりそうになっても走り続けた

 


そして 雨が降っていない場所に辿り着くと

(もしくは 雨が上がるまで走っていた)

彼はやっと止まり 青空を見上げた

澄み切って 雲があったことを忘れるほどだった

 


彼の身体は だんだんと萎んで来た

すると ロードコーンやらサインポールやらが

腕や足から ぺこんぺこんと出て来た

膨らんだ時に突き刺さり 気付かずにいたのだ

 


「さて これからどうしようか」と

すっかり萎み切った彼は たるたるの皮をつまみ

それをこねて遊びながら腕を組み 考えた

考えるだけ考え また雨が降るまで 彼は何もしなかった