No.348 月と自転車

 

 

さめざめと重くなる 雨雲の模様

見下ろして困ったのは 星空の月

自転車を照らすのが 何よりも楽しみで

待ち望んでいたのに

 


朝になってしまったら ここを通り過ぎてしまう

ここを通る あの自転車が良いんだ と月は思った

乗っている人間は 月の方を向いてくれる

自転車から降りてベンチに座り 話をしてくれたりする

 


月は この前彼に聞いた話を思い出した

彼は 誰かに恋をしているようだった

そして その相手に手紙を書いたと言う

(恋をすると手紙を書くなんて… なんて面白いんだ!)

 


月は 彼と話した時にした約束を思い出した

次 会いに来る時には告白を済ませる そして

あの手紙を渡すのだと言った

(手紙なんて何のたよりにもならないのに)

 


月は 彼に会いたいと思い ずっと俯いていた

すると 笑い転げた雨雲が退いて 地面が見えた

雨の中 びしょ濡れになった彼が

自転車を漕ぐ最中に 滑って転んだのだ

 


雨雲たちは笑い過ぎて 彼へ雨を落とすことを忘れた

月は前のめりになって 光で照らし 彼に話しかけた

「どうしたというんだい? 手紙は渡せたか?」

彼は何も言わずに 頬に伝う雨を拭った

 


月はこれでも 色々なものを見てきたが

自分の光に照らされた 彼と 彼の自転車が

こんなにも美しいということに何より驚き

彼の瞳と 自転車の鉄が同じ色だと気が付いた

 


灰色な気持ちは やるせない気持ち

思ったような結果ではなかったのかも知れない

月と自転車が 彼の悲しみや 苦しみに寄り添う時

彼はそれに気付くことなく 何故か楽になるのを感じた

 


彼が再び立ち上がり 家へと帰る時

月と自転車は 目を見合わせて 微笑んでいた

彼が幸せにも 不幸せにもならなければ良いのに

勝手なこととわかりながら 月はそう思った