No.370 キャラメル
力強く生きる人々が居る
嵐の中を平然と歩いている
彼は そんな人々を見ながら
物思いに耽けることが多い
彼がこの街にやってきたのは去年の夏だった
どこから来て 何をしてきたか
そういうことを話さなかったので
この街の人々は誰も彼のことを知らない
ただ 彼は案外 多くの人と話をした
八百屋の店主や魚屋の店主
近くにある喫茶店のマスター コンビニの店員
仲良くなって 酒を飲むことも多い同僚たち
そんな人々を 彼は少し遠い場所から見ていた
話を聞くだけ聞いて 話すことは少なかった
ただ時々 彼の顔に落ちる深い影が
人々の興味をそそり 疑問を持たせた
彼はワンルームに住み 独り身だった
人々と話した後はどっと疲れる様子だった
彼にとって話すことは体力を使うことであった
それでも 誰とも話さないことよりもマシだった
職場で揉め事があり 彼は暴力をふるった
クビになり 同僚たちの態度も変わった
彼を知るものは 彼が乱暴なのだと知った
それ以降 彼に話しかける人は減り続けた
そんな中 一人の少年だけは変わらずに
彼に話しかけることをやめなかった
少年は 夜遅くに公園で遊んでいて
彼と初めて会った時も 公園に居た
「お母さん また遅くなるんだって」
消え入りそうな声で 少年は話した
「そうか 寂しいな」
彼はそう言って 少年の頭を撫でた
キャラメルを買ってやると喜ぶので
彼は買ってやった
少年は満面の笑みで
彼にありがとうと言った
それ以来 何ヶ月も彼を見なかった
少年は 夜遅くに公園に行っても
彼に会えないことを知って
家で 帰りの遅い母親を待つことにした
彼に買ってもらったキャラメルの箱が
部屋の隅に積まれていた
落書きをして ストローで手足を作り
ロボットのような物を作って遊んだ
ある日 少年が八百屋の前を通ると
店主に 彼はどこか遠くの街に行ったと聞いた
衝動を抑えきれず 自転車に乗り
少年は彼を追いかけようとしたが あてはなかった
見たことのない繁華街で 少年は自転車を降りた
彼がどうして会いに来てくれなくなったのか
黙って消えてしまったのか 考えると
涙が出てくるのを止められなかった
交番に行き 帰り道を聞くと
自転車をゆっくりと走らせた
見覚えのある街につき いつもの公園へ行った
すると スーパーの袋を持った彼がベンチに座っていた
「よう 俺を探してたのか」
彼は笑顔だった 涙のあとを拭いて少年は答えた
「どこかへ行ってしまうの?」
彼は答えずに スーパーの袋を少年に渡した
少年がその袋の中を見ると
キャラメルがたくさん入っていた
その中の一つを一緒に食べたくて
彼に渡そうと顔を上げると 彼はいなかった
少年は家に帰り 電気を付けて
スーパーの袋からキャラメルを取り出した
一粒 一粒 甘い味と香りを楽しんでいると
彼の顔を 少しずつ忘れていった