No.362 地中で迷った男
土を掻き分けて 地上を目指す
地底はあまりに 静か過ぎた
泥が流れて 口の中に入る
男はミミズに 悪態をつく
彼がこうやって地面の中に居る理由を
誰も知るものはいない 彼自身も忘れている
泥を避けて 土を掴み 上へ上へと進む
まだまだ地上に着く気配はない
また雨が降った 大量の泥が押し寄せた
彼は昨日から進んできた距離 戻された
地上は遠くなって ミミズの姿も見えない
彼は泥を掻き分けて行き やがて土に辿り着いた
上へ上へと進んできたつもりだったが
実は 上も下もわからなくなっていた
彼は土を掻き分け 泥を掻き分け
そのにおいの薄まる方に進んでいた
すると やけに軽い土を掴んでいた
彼の視力はもう残り僅かなので 見えなかったが
これが何かが燃えたあとの灰であることを
敏感になった指先が 彼に知らせた
泥よりも 灰の方が喉に突き刺さり
彼は苦しそうに咳き込んで しばらく止まった
灰を掻き分けても掻き分けても 灰ばかりで
とうとう 土の感触に辿り着けなかった
彼はどうなったか 「多分こうなった」
そういうことしかわかっていないが
土や泥に塗れて 溺れて 地上を目指していた方が
彼にとっては 良い事だったのだろう
地上は灰が降り積もり
太陽は見えず 雨ばかり
彼を 覚えている奴らが 彼の話をしていた
「あいつはきっと これで良かったんだ」と