No.487 大それたこと
朝日と共に 彼は煙草に火をつけた
呼吸は穏やかに 山々の呼吸と合わせた
少し霧がかった木々の向こうで
年寄の狸の瞳がきらりと光った
裸足で踏む土の感触の中に
ミミズと同じようなものが混ざった
年寄の狸は彼を見張っているようだ
彼はその場を離れたかったが 動けなかった
テレビの中で 山々はそびえ立ち
霧は立ち込めて 朝日が登っていた
煙草を吸う彼はというと
夜の終わりに隠れながらぷかぷかとしていた
画面越しに合わせていた呼吸が
次第に速くなり 息苦しさを感じた
彼を見張っていた年寄の狸が
こちらへのそのそと歩いてきた
テレビは部屋の中にあり 彼もそこにいる
しかし 確かに 土と混ざったミミズを踏んだ
彼は 年寄の狸と数十分見つめ合って
思い立って 水に入ったグラスをテレビに投げた
煙草は口元から離れて フローリングに落ちた
水とコップは テレビを確かに壊してしまった
滴り落ちる音が 年寄の狸の足音だと思って
彼は後退りして 落ちていた硝子の破片を踏んだ
足の裏から激痛がすると 彼の部屋に朝日が差し
彼の顔の右半分だけを照らし出した
年寄の狸は 消えたテレビに映りながら
顔の左半分を照らし出されながらこちらへ来た
「大それたことをするべきでない
お前に私の世界を壊されてたまるか」
もうなくなってしまった故郷の山に思いを馳せ
胸の内に噛み締めながら 年寄の狸は彼を襲った
しかし 年寄だったために 彼はそれほど弱らず
手に持っていた煙草の箱から 一本を取り出し
火をつけて 年寄の狸に煙を吹きかけると
机に置いてあった灰皿で 思い切り殴りつけた
年寄の狸の頭が割れ 中から小さな人が出て来た
人は「なんてことしやがんだい!」と怒鳴った
部屋に煙草の灰が散らばるのも気にせずに
彼は そいつも灰皿で叩き潰してやった