No.308 不死鳥の刺青

 


彼の両手の中へ 座り直した猫がゲロを吐いた

両手を塞がれてしまったので 仕方なく足で猫を退かした

彼は絶望的な夢から覚め 汗だくだった

その上 部屋にはすえた臭いが充満していた

 


絶望的なのは現実だけにしてくれと

誰かに言ってやりたかったが

彼の周りには誰もいない

猫だけは 彼を忘れない存在だ

 


シャワーを浴びて 汚れを落として

彼は派手なシャツの上にジャケットを着た

猫はその間も 喉を鳴らして彼の足に頭を擦り付けた

裸で居る時は 背中の不死鳥の刺青を舐めに来る

 


その背中の不死鳥は 赤く 大きい

首を一周して後ろへ行くので

彼の首にはいつも紐が括られているようだ

それは 死にたがりな彼に似合っていた

 


殴られた顔を気にして

殴ったあとの拳を気にした

何があったかなんて覚えていないが

何故か 部屋の壁にショットガンで空けたような穴があった

 


その奥から 悲痛な声が聞こえた気がした

おもむろにライターの火をつけ 煙草を吸って

その声に じっと耳をすましてみたが

一本吸うの間 無音だったので気のせいだと思った

 


しかし 彼がテレビを付けようとすると

やっぱり 悲痛な声が聞こえた

まるで 雨の中 誰かを呼ぶ捨て猫のように

彼は 穴の空いた先にある部屋のドアを開けた

 


すると 見慣れていたはずの自分の部屋が

恐ろしい世界になってしまったかのように感じた

白い壁には大量の血がついていて

その下に 髪の長い女が倒れこんでいた

 


寝惚けていた彼は 完全に目を覚ました

無意識に また煙草に火をつけた

「いたい いたい」と小さく聞こえた

彼は 昨日あったことを克明に思い出した

 


すると 彼は煙草を彼女の方へ投げた

彼女の周りに微かな風が吹いたかと思うと

煙草は真っ二つに切れた

彼女のスカートの中から 長い長い尾が見えた

 


彼は 背中の赤い羽根を広げて

彼女に目がけて 何百も撃ち放った

彼女の尾は 半分も防げなかった

不死鳥の刺青に戻る頃には 黙り込んだ

 


派手なシャツもジャケットも台無しになり

剥き出しになった不死鳥の刺青を猫が舐めに来た

「くすぐったいから 程々にしてください」

彼がそういうと 猫はしょんぼりして部屋を出た

 


後日 排水溝の掃除をしていると

人間の骨や歯が出て来た

彼は猫に 「吐くほど美味かったですか?」と聞くと

猫は満足そうに目を細めて頬を膨らませた