No.515 ジョウと彼女と大きな猫
巨大な塔のように聳える一匹の猫が居て
ジョウは家に帰ることが出来なかった
街は封鎖されて 猫が寝返りを打つたびに
高層ビルや 小さな家々が潰される音を聞いた
ジョウの恋人が その街に取り残されていて
そんな人々が まだ何百人も居て
ジョウは この猫が退くのを待って
猫を監視出来る 小高い丘の上の小屋に住んでいた
猫は 嫌でも目に焼き付いた
頭から離れず 夢にも出て来た
ジョウは そんな猫を憎んでいたが
同時に 不思議な感情も芽生えていた
彼女から朝八時に電話が来た
ジョウは寝ぼけたまま 彼女の声を聞いた
すると 猫はまた寝返りを打った
二人はその間黙って 後は普通に会話を続けた
この沈黙のひと時
ジョウは 彼女は 相手が心底心配になった
話している時よりも切実に
相手が無事かどうか確かめたくなった
電話を切ると 猫があくびをして
太陽を食べようと伸びをした
ジョウは 猫を憎んでいるはずなのに
いつもある光景として 親しげにそれを眺めた
彼女は 壊れていく街の中で
ジョウのことを想い続けながら
建物の下敷きになった死体を埋葬し
一日に数十の墓を建てていた
その最中 猫が尻尾を振ると
彼女の目の前を横切り
彼女は 必死に走って逃げて
物陰に隠れて 数を数えた
その時ジョウは フライパンの上で
買って来た玉子を焼いていた
猫が気持ちよさそうに喉を鳴らし
その響きに振動する小屋の中 鼻歌を歌った
来るはずの昼と夜の電話が来なかった
それから 彼女から電話が来なくなった
ジョウは小屋のポーチで猫を眺め 煙草を吸い
彼女の美しい髪を思い出して 手を伸ばした
空気が少し固まり 温かかった
彼女と同じ大きさで ジョウは頭を撫でた
猫が寝返りを打つと それは消えてしまった
ジョウは 彼女がどうなったかが分かった
それから半年後 巨大な猫は退いた
残骸となった街には 生存者が居なかった
代わりに 瓦礫で出来た無数のオブジェがあって
人はそれを 猫が残した物だと思った
しかしジョウには それが墓であることと
彼女が建てたものだということが分かっていた
彼女を必死に探したが
政府の発表は 頭の中にしっかりとあった
それから ジョウが街に戻ることはなかった
彼女の最後の思い出は 街の外の小屋にあった
毎日同じ時間帯に 煙草を吸いながら
彼女の頭を撫でて 遠くの猫を眺めた
消えてしまったと ジョウに言える者は居なかった
時間は 彼女がどうなったかわかった日で止まった
何年経っても ジョウの手には彼女の温もりが触れ
遠くでは 大きな猫が 寝返りを打とうとしていた