No.483 彼の頭の中の交差点

 

喫煙所から 煙が空に登っていくのを見ていると

彼は風船を手放してしまった子供を思い出した

(古い記憶 その中にある鮮明な赤色)

風船の色は 空にとても似合っていた

 


彼の隣に四人組の青年が入ってきて

大袈裟な動作で話をしているので

彼の肩にごつごつとぶつかり 不愉快になった

青年たちは 彼に気が付かなかった

 


先ほどまで 確かに頭の中にあった

赤い風船と空のことは忘れしまい

彼は煙草を灰皿で消して 捨てた

その後 カニカマとマヨネーズを買って帰った

 


冷蔵庫を開け からしを取り出し

カニカマをボウルに取り出し

マヨネーズを星形から適量取り出し

換気扇を付け 煙草を取り出した

 


料理中に吸う煙草は 

いつもと違うように思えた

ちょっとしたつまみが出来上がり

テレビを付けて 古い映画を観ながら食べた

 


その映画にも 空へと旅立つ風船が出て来たが

彼が思い出したのは

彼自身の赤い風船の記憶ではなかった

その代わりに 四人組の青年の会話を思い出した

 


「何で俺たちがこんな風になったんだ!」

「それは別に ただそうなっただけだ」

「俺たちいつまでこの仕事やるのかな?」

「これで最後だって 多分うまくいくよ」

 


自分では聞こえていなかったように思えたが

彼は青年たちの言葉をかなり拾っていたようだ

その会話の方に興味が移り 映画を止め

居ても立っても居られず 喫煙所に戻った

 


青年たちは居なかった

(最後まで聞いておけば良かった)

彼は落胆しながら 青年たちが捨てたであろう

煙草の箱を 家に持ち帰って ゴミ箱へ捨てた