No.432 マトリョーシカ

 

 

ベティは言った「口車には乗らないわ」と

「よっぽど安全な日本車の方に乗りたいわ」とも

彼は答えた「よく言うよ」と

闘犬みたいに唸るアメリカの車が好きなくせに」とも

 

 

彼はベティと別れて 酒浸りになった

やがて髪は抜け落ち 歯も欠けた

全てをベティのせいにして 不甲斐ない自分を

誤魔化すように ボロボロになれば満足した

 

 

ベティは彼の頭の中で作り上げられた可愛い金髪の女だ

しかし彼にそのことを言うな!

ベティは彼の頭の中にいつまでもこびりついた

別れたからと言って消えない 彼もそれに気が付かない

 

 

「ベティ お前に会いたいよ」

うわ言を言う彼の隣には誰もいない

汚れた部屋にはネズミが走る ゴキブリが歌う

ドロドロに溶けたパンと 硬くなったソーセージ

 

 

彼はそうやって死んでいった

遠い昔に別れたことを悔やみながら

数年後 ジョージは彼を優しく弔ってやった

彼もまたジョージの頭の中で生きて 死んでいった