No.438 美しいもの

 

 

味付けされた悲劇的な物語がひらひらと

蝶のように飛んで 彼の肩に止まる

筋肉が凝り固まったように思えて

彼は揉み解し 物語はばらばらに崩れる

 

 

彼は美しいものを見た気がした

肩こりが治ったことが原因だと思った

悲劇的な物語が無残な姿で床に落ちているとは

到底 知らなかった

 

 

その美しいものとは

開いたカーテンと窓の向こうに見える

隣の棟の同じ階のベランダに立つ

エプロン姿の綺麗な女だったのだろうか

 

 

その美しいものとは

彼の心の中にある風景のことで

選択を繰り返し 要らないものを削ぎ落とし

残った風景のことだったのだろうか

 

 

その美しいものとは

悲劇的な物語が彼によって死んだ瞬間に

最後に残した 空を舞う鱗粉が見せた

もう二度と見られぬ幻想であった