No.592 ディストピアには彼一人
許されないならば許してやるな
彼はそう思った そして許さなかった
人を愛することから逃げ過ぎて
一人で迷い込んだ ディストピア
森のように生えたビル群を
遠くから双眼鏡で眺めながら
彼はいつも ブツクサと言っていた
それ以外の時間は 集めたものを数えた
捨てられたもの 誰かの愛の残骸
ぬいぐるみやロボットのおもちゃ
手帳に身分証 ストラップ キーホルダー
どれもが朽ちかけていたが 彼は気に入っていた
蛇口を捻って 誰もいない公園で
顔を洗えば 風呂に入った気がした
ボサボサの髪で ベンチに座り
砂の上に描かれた 誰かの残骸を見た
彼を見た者は 「誰かの愛の残骸」と
認識することなく 避けるだけだった
彼を愛した者は 彼を拾うこともなく
ただ遠ざかって 二度と現れない
ディストピアでは 最後の生き残り
人類の痕跡を 紡ぎ出す物語
ブツクサと彼が語る その物語に
耳を傾ける者など現れるわけもない
吸い込んだ空気は汚染されている
そう思えば 彼は簡単に弱っていった
呼吸をするたび 肺が腐っていった
彼の中から彼が すり抜けていく感覚の中