No.310 電車の喘ぎ声

 

 

何が悲しくて電車が軋む度に喘ぎ声を連想するのだろうと彼は思った

性格の悪いエアコンが汗をベタつかせて更に苛立った

彼は昨日見た楽園の夢などを思い出せるように目を閉じた

彼には全てが気に入らない 彼には全てが鬱陶しい

 


楽園には彼一人だけだったが煩わしいものがなかった

煩わしいだけで 何も生まない喘ぎ声を聞く

振動は電車に触れて 電車はその度に悶える

そんな想像で 楽園が電車の墓場になったような気がした

 


もう走ることはないであろう車両の中で

少女たちが絵を書いている

サラリーマンの残骸を乗り越えながら

少年たちが鬼ごっこをしている

 


彼は楽園に戻りたがった 喘ぎ声が止むことは無かった

昨日見た夢の続きが ディストピアSFに変わった

山手線が一番セクシーだとのたまう中央線に

総武線が食ってかかって喧嘩になった

 


その夢はサビ臭かった 喘ぎ声はいつまでも追いかけて来た

少女も少年も 電車に轢かれて挽き肉になった

胃もたれがする 吐けば何とか治まりそうで涙目になりながら

その悪夢の中を彼は彷徨った

 


常磐線と仲良くなれそうだったが

思ったよりも軽い電車だったので離れていった

線路が続くのは感じるからであって

感じない線路はぼろぼろ崩れた

 


電車の喘ぎ声が大きくなる

オーケストラのようになると 頭痛が襲い

彼は目を覚まして 急いで電車を降りてトイレで吐いた

そして 確かに楽になったもたれた胃を抱え 改札を出た