No.505 彼と蝿

 

 

「またいつか 一緒に行こうね」

蝿は 彼に言ったが 彼には聞こえなかった

肩に乗り あらゆる景色を見た時でさえ

彼は 蝿の存在に気が付かなかった

 

「いつも一人 また一人 明日も一人 だろうか」

彼が木に登って 太い枝に寝そべりながら

そう呟いていた時も 蝿は肩に乗っていた

寝息を立て始めた彼を 起こさないために飛ばずに居た

 

「夢の中でも 一緒にいられたら良いね」

蝿は また彼に言ったが 同じことだった

蝿の間で通じる言葉を 人間は知らない

蝿は 人間の言葉を知っていた

 

「ずっと 何をしてきたのだろう?」

彼が自問自答する日には 零れた涙の数を数え

一緒に ひっそりと涙を流していた

「安心して欲しい そばにいるから」

 

ある日 蝿は 彼の肩の上で

動けなくなって 自分が乾いていくのを感じた

もう話をすることさえ 出来なくなってしまった

ただ 蝿は彼を一人にしたくないと思っただけだった

 

「あれ 何か忘れている気がする」

彼が独り言を言うと いつもよりよく響く気がした

「何故だろう わからない」と続けて

また 流れたものの名も 思い出すことはなかった