No.520 蝿を叩け!

 

 

早朝の雨が降っていた

あたりには灰色の膜が張っているようだった

彼は透明な傘を家に忘れて来た

迎えの車に走って乗り込んだ

 


車は パチンコ屋の駐車場で止まった

まだ人も車も少なかった

広い駐車場の目の前には

工場のような建物があり 音が聞こえた

 


その音を聞き その方を見ながら

彼は煙草取り出して 咥えた

100円ライターのオイルが切れかかっていて

なかなか火が点かなかった

 


彼と同行する男は 側に立っていた

スーツを着ていて 彼の鞄を持っていた

中には1000万円が入っているが

彼は使う気がなかった

 


人を不幸にして 手に入れた金の

その入手方法を忘れようとしても

彼自身が その不幸を背負わされて来たので

金の使い道が分からずにいた

 


同行の男は 「今日は涼しいですね」と言った

世間話なんてするような男ではなかったはずだ

「今日はもう帰って良い ありがとう」

彼がそう言うと 男は鞄を彼に返し 車で帰っていった

 


(やっと1人になることが出来た)

彼はそう思ってため息をついた

4本目の煙草の火を点け

今日の抽選は並ばないことに決めた

 


彼は雨の中 1000万円が入った鞄を持ちながら

1時間ほど歩いて アパートの階段を登った

ワンルームで 家賃が3万円の豪邸で

湿気って不味くなった煙草を吸った

 


不幸が生み出した彼の金は

彼の鞄の中で腐り果てていったが

キーボードに打ち込む詩のかけらが増えると

彼は 気分が良くなっていくのを感じた

 


数年後 彼が惨殺された事件がニュースで流れた

パチンコ屋まで彼に同行していた男は

「いつかはこうなるって言ったじゃないですか」と言い

テレビを消し 鞄を持ち 家を出た

 


男が車に乗ると 中に一匹の蝿がいた

潔癖症気味な男は 我慢ならなかった

鞄を振り 思い切り叩きつけた

男は潰れた蝿の死骸を見て 少し笑った

 


ティッシュを何枚も重ねて

潰れた蝿の死骸を ティッシュごと車の窓から放って捨てた

キーを回し エンジンがかかると

男の中で 彼が完全に消え去っていた