No.399 疾走する恋人たち
危険な恋人たちが 真夜中に疾走する
古いカローラに乗って 二人は失踪する
夜と朝が挟んだ色彩に誘われ
食パンの耳を食べながら アクセルを踏む
自動販売機を見つけ 停車して小銭を入れた
黒い缶を両手で包み 彼は煙草を吸う
彼女は カフェオレの匂いを嗅ぎながら
血の付いた鞄の中のリップクリームを探す
彼に貰った煙草を 彼女は綺麗に吸い込む
まるでタールのような暗闇が癖になる
月は煙草の先のように小さく仄かだ
木陰があると すぐに見えなくなってしまう
古いカローラが二回軋むと 唸り出す
馬のように機嫌を整えてやらなければならない
週に一度の洗車が先月のことで 気が立っている
しかし彼は 穏やかに 順調に 疾走する
失踪した二人を気にかけているのは
お互いの父親と母親と兄妹だろう
しかし 二人にはどうでも良いことだ
朝になれば 恋人らしく抱き合って眠るだけ
「夜中にまた疾走しようじゃないか」
彼は笑って 助手席の彼女を眺めた
「私は何処までも行けるよ」
彼女は笑って 運転席の彼を見つめた
そして 恋人たちを乗せた車が事故を起こし
大破したニュースが流れるラジオを消した
自分たちがそうならない気がして
とっくに潰れてしまった身体のまま 疾走した