No.497 ぼんやり

 

 

似合わない高い服を買って

クローゼットに仕舞ったままだった

彼は臆病風に吹かれながら

安っぽいスーツを着て 日差しを浴びに行った

 


街ではまともそうな顔で 同じような

スーツを着ている奴らが急いでいた

交われない絵具になってしまったように

彼は表面をするりと転げ落ちた

 


太陽は今日も 気紛れに顔を隠して

突然降り出した雨が 彼の髪の間に入った

暗くて厚い雲が ぼんやりと見えた

(目の中にも雨が入ってしまったのだろう)

 


煙草を取り出して 雨粒を吸い込んだ葉に

煙をまかせれば 更にぼんやりとした

彼はいつまでも雨に打たれながら

煙草を吸って 洗濯されたような気でいた

 


綺麗になった彼は家に戻ると

赤ん坊のように眠って 夜に起きた

冴えた目を落ち着かせるよりも

痛みで誤魔化す方が効き目があった

 


次の日の昼に 昨日よりもぼんやりとしながら

煙草を咥え 仕舞っていた高い服を着た

街に出れば 日差しが強すぎて目が眩み

煙草の味も分からなくなった

 


彼はその日を境に 誰にも会うことはなかった

最期に着たのが 高い服で良かった

所々が錆びた 道路標識の隅で

彼の断片が 空模様を伺っていた

 


彼を知る者は 口々に言った

「冴えない奴」だなんて よく言ったものだ

痛みで誤魔化しすぎた小さな人生が終わって

ただ一人だけ 彼を哀れむ奴がいた

 


そいつは 彼の帰りを待ちながら

彼の行き先を知りたがった

彼を忘れようとする人々から離れて

彼の断片が遺る 道路標識に通った

 


彼が着ていた 高い服を

同じ店で 同じ値段で買った

そいつがその服を着て 街に出る頃には

彼の断片さえも 錆びているだろう