No.494 名前を忘れた男!

 

 

髪の長い男が 夜を彷徨っていた

彼は 名前を忘れてしまっていた

名前は 彼を覚えていたけれど

彼に 思い出して貰いたくてたまらなかったけれど

 


街灯と家々の灯りが ぽつんと落とした

その光の色が 水に溶かされて

滲んで 薄く引き伸ばされて 淡くなり

照らされているはずの道は 見えなかった

 


彼が髪をかき上げ 後ろに結んだ時

ふと 胸ポケットにある硬い感触に気が付いた

それを取り出すと 小さな切手入れのような

木で出来た箱が 一つ入っていた

 


その箱に焦点を合わせると

小さな鍵穴を見つけた

慌てて ズボンのポケットを探ると

あった…おそらくこの箱の鍵が 右に入っていた

 


彼は箱に鍵を入れ ゆっくりと回してみた

鍵が開き 蓋が少し浮いた

蓋を半分 開くか開かないかのところで

彼の名前が ひらひらと風に舞った

 


彼は それが「名前」だとすぐに気が付いた

しかし 名前は「彼」をついさっき忘れていた

形を変えながら(蝶に 鳥に)名前は飛んだ

彼は 途方に暮れながら 夜空を眺めていた