No.373 同じ夢を見る男
ただの夢であれば
朝起きて 昼が過ぎ 夜になるまで
覚えているはずがないだろう
彼はその夢を抱えたまま
また眠りに就いて
同じ夢を見ることだろう
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夢の中
煩わしいもののない丘の上に
ひっそりと立つ小さな小屋
ひんやりとした空気の中で
木でできた食器でシチューとパンを食べる
それからテレビを付けてニュースを見る
ああでもないこうでもないと意見を言い
一人言に飽きた後には机へと向かい
紙とペンで自由に何かをしたためる
その何かを書き溜めて綴じた
分厚いルーズリーフが
彼の夢の長い長い連続を表している
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目覚めると季節の気温だった
当然のことながら夏は暑いし冬は寒い
夢の中では同じ気候 同じ気温だった
彼は変わらないものを愛した
成長が止まってからは
服や靴などを買い換えたことはなかった
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夢の中
煩わしさから逃げている彼が
ひっそりと隠れる小さな小屋
ひんやりとしたシチューを
温める炎は淡く輝いていた
それから数十分 そばに立ち続ける
ああでもないこうでもない現実は
窓の外の遠くに追いやってしまったので
紙とペンで 自由に何かをしたためられた
その何かを書き溜めて綴じた
ルーズリーフを読み返すと
ある種の達成感が彼を包み込んだ
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目覚めると薄汚れた天井がある
その天井が死後の世界のように思え
ずっと前に死んだ者の名前を数える
目覚めてしまうと
何を書いていたのかだけは忘れてしまって
同じものを書いているのではないかと考える
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夢の中
煩わしさが迫った現実が
彼を追いやる小さな小屋
ひんやりとした視線を
投げかけられることもなく
テレビもシチューも食器も紙もペンも変わらない
ああでもないこうでもない自問自答は
窓の水滴に変わってしまったので
彼の指先は滑らかに動いた
その何かを書き溜めて綴じた
ルーズリーフが 気がつくと少なくなっていた
彼はやっと それがシチューの具材になっていることに気が付いた
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目覚めて 冷や汗を拭き
彼はこれが悪夢だったのではないかと焦った
しかし 現実の方がよっぽどたちが悪いとも思った
向き合うことをやめ 夢を再び愛した
眠りが一番の癒しとなったのだ
彼は 現実から姿を消し 幸福を得た