No.503 彼と苗
積み重なって仕方ない不安の種を
大事に育てても 意味はなく
彼にとってその小さな苗は
鬱陶しいだけで 窓際に寄せた
水やりは毎日忘れなかった
苗はすくすく育っていった
普通の花なら 写真でも撮って
誰かに見せたくなるのだろうか
彼は苗を育て始めて一週間で
七回死んでしまいたい日があった
もうやめようかと思った時もあった
しかし それを捨てる場所はなかった
誰かの不安の種も請け負って
植木屋や花屋を真似てみようか
思った矢先 画面に映る知らない電話番号
かけてきたのは不動産屋だった
もうそろそろ此処を離れなければ
新しい場所へ行かなくては
不安の種から育った苗は
荷物をまとめて 出て行く彼に言った
「僕は 確かに初めの頃は
君にとって価値のないものだっただろう
でも僕は生きることに価値を見つけた
それは君にとっても価値があるだろう?」
彼は足を止めて 振り返って
苗が入ったマグカップを見つめた
部屋に差し込む太陽の光は
彼に深い影を落とすだけだった
彼が出ていった部屋の中で
枯れることを待つだけになった苗は
不安になることはなかった
ただ彼が もう一度扉を開くと信じた
崩れ落ちた先に 何もなかったとしても
苗は何かを育てるための肥料になるだろうか
フローリングに住み着いた 小さなカビを
部屋を埋め尽くすほどに育てるだろうか