2020-01-01から1年間の記事一覧

No.434 なんとも言えないナイトメア!

また夢を見よう そう思って 彼は目を閉じ 耳を塞ぐ イヤホンからは 優しい音色 美しい夢に 包まれるように祈る あれはさざなみ 小豆の群集 見たこともない男が立つ 浜辺で死んだ亀の上で 裸になって踊っている 何をしているか彼が訪ねる 男は答える「弔って…

No.433 彼と街中の星々

「あなたがあいつを見るときに とても醜いと感じることがある あいつもあなたを見るときに とても汚いと感じることがある しかし安心して良いのは この世の方がよっぽど醜く 汚い あらゆる悲しみも苦しみも あなた方がマシに見えるためにある あなたがあいつ…

No.432 マトリョーシカ

ベティは言った「口車には乗らないわ」と 「よっぽど安全な日本車の方に乗りたいわ」とも 彼は答えた「よく言うよ」と 「闘犬みたいに唸るアメリカの車が好きなくせに」とも 彼はベティと別れて 酒浸りになった やがて髪は抜け落ち 歯も欠けた 全てをベティ…

No.431 連れ去られた彼

「いつ殺しても良いから殺さないだけだ」 そう言われ続けて5年が経つ 彼は故郷の星を遠く離れて 別の星に誘拐されて来た 彼の故郷の星と全く違うわけではないが その星の人々は彼の故郷の星の人々よりも優れていた 5年前 大きな母船からその地へ降りると 彼…

No.430 部屋の中の彼

フローリングの冷たさが頬に伝わる 瞳を閉じて 彼は数を数える 頭の方から生温い感触がする 瞳を開けて 彼は立ち上がる 雑巾でフローリングに付いた血のりを拭き 食用洗剤をぶち撒け 擦る 彼の目には生気が蘇ってくる ふつふつと湧き立つものが 怒りではない…

No.429 一日の彼

カーペットを一定の方向になぞると 毛並みが逆立ったので 逆の方向へなぞってみると とても綺麗に整った 彼はそうやって半日を潰した カーテンの向こうでは夕日に照らされて 朝干した洗濯物が生き物のように光り 揺れた テーブルには ピストルが一丁あった …

No.428 淡い幸運と濃い悲運

彼は人妻に手を出したことがバレて 彼を殴り殺そうとする夫から逃げていた 「そんな大したことじゃねえだろインポ野郎!」 悲痛な叫び声は繁華街を駆け抜けて行った 裏路地に逃げ込み 一息つく ゴミとドブの臭いがキツかったが どんな場所よりも安心した す…

No.427 花の香水と赤い口紅

彼女は弁当箱の中にウィンナーと卵焼きを入れる 彼はまだ寝室で寝ている 清々しい朝の雀の声が聞こえる 弁当箱の蓋を閉じ 布に包んで結ぶ 彼女は合鍵を忘れたフリをする 彼はまだ寝室で寝ている ドアノブの冷たい感触で背筋が伸びる スーツが風を受けて少し…

No.426 闇夜に溶け出して

二人はベッドの中で汗を拭った 脱いだTシャツが汗を吸い込み 部屋に充満した空気をより一層深めた 彼は彼女に言った 「もし良かったら明日の夜 またここへ来てくれ」 彼女は朝になると出て行った 彼は眠ったままだった 昼過ぎに起きた彼は 一人 残されたベッ…

No.425

微笑んだ横顔に 落ちてゆく水の跡 降り注ぐ雨の中 夕暮れも落ちてゆく 通じ合う言葉でも 仕草でもないものに 名前など欲しくない 曖昧なものばかり 足掻いても騒いでも 手に入れて失った こぼれ落ち流れ着き 疲れ果て壊れかけ 微笑んで細くなる まぶたには煌…

No.424 そして彼も欠片になった

指先からこぼれ落ちた 数少ない夢の欠片優しすぎる思い出には 蓋をして目を閉じた愛する者は皆去った 彼には彼だけが残った身に付けた洋服にさえも 彼は忘れられた ゆっくりと回る夜の幻想は街灯とこぼれる家々の明かり彼は目を奪われて蝶を追うように夜を彷…

No423 僕と俺と私と彼

数えきれない後悔 そんなもののために 僕と 俺と 私は 彼にアレを売ってしまった それは永遠に続く たった一度の過ち 僕は 何も出来ない現実を 俺は 破壊へと向かう衝動を 私は 理性を揺さぶる誘惑を 「殺す」ために 彼に金にもならないものを売ってしまった…

No422 背中が痒い男

彼は無性に背中が痒くなった 掻き毟りすぎてヒリヒリとした 彼にはまだ見えていなかったが 背中にはある模様が出来上がっていた 痒み止めを塗ってみたが 痒みは増すばかりで治らない 血が出ても痒みは続き とうとう彼は家から出られなくなった 仕事をしてい…

No.421 彼の完璧な一日

レストラン ステーキをナイフで切る音 微かに聞こえる食洗機の音 ドリンクバーのコーラが出る音 彼は注文した 何から何まで完璧な午後 目の前に彼女が座っていたら…と 考えてはみたものの 少し切なくなった 後ろで騒ぐミニカーの無邪気な声 何故かヒソヒソと…

No.420 リハビリ

詩人に苦悩はつきものだと誰かが言った 誰が言ったかは忘れた 嘘かも知れない 夢だったのかも まあそれは問題ではない 問題なのは 詩への情熱は幻想であることだ 彼が今まで書いて来たものは何だったのか そもそも何故詩を書き始めたのか 全て無駄なことかも…

No.419

昨夜のしがらみを彼は忘れた 女の泣き声は昨夜に取り残された 鉤爪の跡が心を蝕んでゆく 彼は今日のしがらみに囚われた 朝日は魂を燃やした 腑抜けになった彼は酒を飲んだ 一つ一つ並べた空き瓶が部屋を埋め尽くすまで それほど時間はかからないだろう 彼は…

No.418 チョコレート

チョコレートを一欠片ずつにする 二十個の四角の一個をチェスの駒のように持ち上げる 人差し指と中指にチョコレートはしっくりとくる そして 取ったり置いたりしている 彼は何十年もそうしている 毎日毎日 チョコレートを持ち 置く 相手のいない勝負は溶けて…

No.417 誰かの小さな石

彼は大きなリュックを背負っている まるで登山へ行くようだ 行く先はいつも違うが 山ではない 何処というわけでもなく ただ出掛ける 出掛けた先では誰かが落とした 小さな石を拾い集め リュックに入れて持ち帰る 綺麗なものもあれば土の付いた物もある 不揃…

No.416 詩未満まとめ

食べ残した肉たちが会話をしている 自家製のチーズがそれに耳を傾ける 彼のいびきは聞こえないフリをして 明日行くゴミ箱の中を予想している 「広がりすぎて縮まなくなった物」 「びろびろのラップ!あと新聞紙」 「言葉遣いの汚いやさぐれた容器」 「分別さ…

No.415 ダイナシ

一日の終わりを台無しにするのが上手い男 目にかかる長い前髪を避けると 彼の視界を遮る電柱が邪魔だと感じ 右足を構えて 腰を捻り 蹴りを入れた 電柱は彼の足の甲を痛烈に批判して 「そんな蹴りで俺が痛がるとでも?」と言った 彼は自分の足の甲にヒビが入…

No.414 少し更けた夜の歩道橋

図画工作の時間に描いたマンションの絵 四角は無様にずれて情けない 彼の思い出に出て来る学校の先生は マンションの絵を褒めてくれていた 彼は今 その絵のような景色を見ている あらゆる四角がずれて 光が伸びる 瞬きをするたびに溢れる涙が その四角と光を…

No.413 空白の時間

驚くべきことに 彼は道を歩いていた 洗濯機の中から取り出したばかりのような ビショビショに濡れた服を着て 鉄のように重たくなった鞄を提げて まるでパントマイムのような人生 ありそうでなかった物に囲まれて なさそうであった者に見捨てられ 彼は銃弾が…

No.412 星の砂

飛行機が通った 飛行機雲が空を割った 暗闇が顔を出し 小さな光の粒が見えた 彼は吸い込まれるように浮かび上がり 高く高く飛んで 星の砂に手を触れた 今まで出会った女の破片のようで 懐かしい気分で 彼は見上げた 暗闇に入ってしまうと冷たく 震えが止まら…

No.411 健気な休日と彼

味のついた憂鬱が 煙草の煙と昇る 低すぎる屋根に寝癖をからかわれ 彼は不機嫌にも味をつけて ポテトチップスと一緒に平らげる 二つに割った心臓の一つを ガラスのケースの中に入れて それを見ながら何かを飲みたくなって 彼は水道水で喉を潤してみた 憂鬱よ…

No.410 図太い男

緩やかなカーブを描く道を ふらふらと傾きながら歩く男 急な坂道に差し掛かり ひらひらと零れ落ちてゆく男 宝物を心の中に仕舞って 秘めた欲望も 一緒に奥深く仕舞って 知らず知らず 図太くなる身体が 風邪をひかないように 彼を馬鹿にする 見知らぬ顔にどん…

No.409 501号室

換気扇が煙草の煙を吸い込む ステンレスに映った彼は歪んでいる ガスコンロを置くべき場所に座り 吸い込まれてゆく煙を目で追っている 大きなガラスの扉の向こうに 同じような階段と窓が並んでいる 自動車の音が聞こえて 誰かの声が夜の静けさの中で響く 凍…

No.408 青い空

いつものように彼は時計を見た 短針と長針が曲がり過ぎて時間がわからなかった 秒針が高速で回り 手首を削り取ろうとしている 彼は目蓋を閉じて 眼鏡の跡を押さえた 裸眼の世界はいつもより激しく動く 抽象的な人間の図が様々に移動していく 色は奇抜さを覚…

No.407 高い革靴の男

明日の天気を占うために 高い革靴を駄目にした 男たちにとって 大したことではない ただ財布が少し軽くなるだけ 長身長髪で声の低い男と 中肉中背で声の高い男が 短足短パンの男を撃って 高い革靴の男は大喜びした 長身長髪はこう言った 「好きなだけ暴れよ…

No.406 彼と彼の部屋

悲しみに打ちひしがれて 背を向けた過去の罪を数えて 彼の瞳は暗闇に紛れて 明るく輝く窓の外を見ている 昨日見た夢の続きを見たくて 眠っても朝は残酷に訪れ 彼を守る術を 彼自身が忘れて 昨日と全く同じ景色を見る 素晴らしいことが 愛すべきものが その指…