No.413 空白の時間

驚くべきことに 彼は道を歩いていた

洗濯機の中から取り出したばかりのような

ビショビショに濡れた服を着て

鉄のように重たくなった鞄を提げて

 


まるでパントマイムのような人生

ありそうでなかった物に囲まれて

なさそうであった者に見捨てられ

彼は銃弾が通った穴の中から水溜りを見る

 


彼に起こった出来事を説明しようにも

初めから話していたら小説が書ける

タランティーノの映画のシーンを

繋ぎ合わせたような出来事だった

 


何故彼の服が濡れていたのか

それは大した問題ではなかった

何故彼の服が濡れたままなのか

それが本当に問題であった

 


彼が何かから逃げるために

命からがら川に入ったところまでは良いが

辿り着いた川岸で雨に降られた

そちらの方が彼にとっては絶望だった

 


家へと帰ると静かで安心した

濡れた洋服を脱いで タオルで身体を拭いた

パジャマに着替えて 布団の中に潜り込んだ

目を閉じた時 彼はやっと気が付いた

 


空白の時間が生まれてしまった

彼は彼自身に起きた出来事を

すっかり忘れてしまっていた

ぞっとして 布団から上半身を起こす

 


目の前に銃口が向けられ

咥え煙草のロングコートが彼を睨む

もう遅い 「カット」の声は聞こえない

彼はNGを出すこともなく 綺麗に吹っ飛んだ