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No.311 カスタネットとタンバリン

カスタネットの靴を履いて カツカツカツカツ歩いている男 彼が俯くと 良く答えてくれた 彼がイヤホンをつけると 程よく答えた タンバリンの服を着て タンタンタンタン背中をかく男 彼が俯くと 背中が答えて 彼が仰け反ると 腹が答えた 彼らが友人になるには …

No.309 心音

二つの心揺れ動き 矛盾だけでは収まらず 絡み合うのは夜明け前 朝が誰かを殺す音 頭を撃たれ倒れても 矛盾だけでは収まらぬ そこから生えた心には 誰かの音が遺される 餓鬼の遊びの延長に 無常だけでは言い知れず 心が何処に在るかすら わからぬままに時が経…

No.308 不死鳥の刺青

彼の両手の中へ 座り直した猫がゲロを吐いた 両手を塞がれてしまったので 仕方なく足で猫を退かした 彼は絶望的な夢から覚め 汗だくだった その上 部屋にはすえた臭いが充満していた 絶望的なのは現実だけにしてくれと 誰かに言ってやりたかったが 彼の周り…

No.307 nap

服が風を切る音が聞こえる うたた寝をしそうな日差しの中 バイクの振動は 小気味よく彼の鼓動をなだめ 重たく 素っ気なくなる 目蓋を閉じる 彼が目を覚ますと 運転していた友人がいなかった ホテルの受付で何やら話している 彼はまた目を閉じた 風が額を擦り…

No.306 コンクリートの深海魚

人が行き交う 繁華街の隅っこで 金をばらまきすぎて死んでしまった男がいた その男の友人が花を手向けると 車がそれを轢いた 弾痕があった 壁に無数に空いていた その穴のひとつに 轢かれた花の欠片が入った 穴の中で暮らしていた男は 紅茶の中に入った その…

No.304 箱

預かった荷物を 捨てるに捨てられず 彼は酒の瓶と一緒に それを抱えていた 誰から預かったのかも 覚えていない それは中身もわからない綺麗な装飾の箱だ 中から時計のような音が聞こえた 後に換気扇の音が聞こえた ある時は赤ん坊の泣き声が聞こえた 次の日…

No.303 イルカたち

エスカレーターの人混みが 陽の光のせいでイルカの群れに見える あの有名な「綺麗なだけの絵」のように 薄っぺらな空白の中を泳いでいるように見える 銀色が通り過ぎる 名残など何も無い イルカたちが降りて イルカたちが乗って 水族館のような塊が 何事もな…

No.301 幸か不幸か公園

蜘蛛の巣が髪に引っかかる わしゃわしゃと払い除けようとする 後頭部に刺激が走ったかと思うと ニヤけた蜘蛛が舌なめずりして木の上に逃げてゆく 彼は苛立って 小石を蹴ろうと踵を持ち上げる 後ろにあった石にぶつけ 骨が軋むほど痛む まだ違和感のする右足…

No.300 針と膿

美しい女が笑っていた 彼はその女に見覚えがなかったが 美しさに目を奪われ 何時間もそこで見つめていた ふと風が通り 無数の針が彼の頭上を掠めると その女に突き刺さり 安全な剣山のようになってしまった しかし 女は笑っていた そして 美しかった こちら…

No.299 彼と鼠

彼の全てを受け止める海は 波が無く静かな夜の漆黒であって欲しい その水は生物に恵みを与えるが あらゆる残酷な事象をも飲み込んでいる 大きな身体はちぐはぐで いつでもバラバラになる準備をしている ベッドの上で蠢かなければ 起き上がれもせずに一日が終…

No.298 祖父

寂しそうに語った 歯の足りない口でもごもごと そして笑った 彼はこの前まで戦士だった 戦いに疲れ 倒れ そのことに気が付いている 彼にとっての戦いとはなんだったのだろう 想像しか出来ないが それは容易では無かっただろう 彼は 笑顔が素敵な老人だ その…

No.296 一瞥

生気を抜かれて 口を開けたままでいる 彼の苦痛を知る者は 一人もいなくなる 電車に揺られて 乗り過ごした駅の数を 数えながら 項垂れて新聞を頭に乗せる 古い紙の匂いで 誰かに会いたくなった 彼に会うべき人は 一人もいなかったが それでも誰かと話したく…

No.295 (タイトル思いつきませんでした)

男たちが 彼を標的に仕立てていた頃に 彼は通りすがりの老人に 話しかけられ 「幸福が欲しいなら この本を買え」と 怪しい本を買わされ 困り顔をしていた 五千円札と老人は いずこへ去ってゆき 彼は本を パラパラとめくり遊んでいた 男たちが 血眼で彼を探し…

No.293 色事

身体中 掻き毟る痕 なぞる指 ミミズのように くねらせた跡 ふくよかな 頬を掴んで 空を見る 布きれ触れて 雲だけ摘む 寄り添えば 肩の震えが 伝わって 憂鬱に落ち 冷めきる瞳 日暮れには 似合わない歌 流す部屋 茜の空に 雀が歌う

No.291 game over

銃を片手に乗り込むワゴン 素晴らしい陽気外れた予報 不規則な街に一発撃ち込む そこから見えた彼らの母校 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 長すぎるロードを過ごし 彼らは遅すぎる春を待つ 未来に宛てた過去の手紙 届かなかった夢だけ並ぶ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー…

No.290 夏の日の少年

自家用ジェットのサンダルを履いて 駆け出した少年が水溜まりを飛んだ 話しても話させても足りない 聞いても聞かせても足りない そんな夏の日 スイカ割りがしたかった スーパーに並んだスイカを眺めながら そこまで好きではない果物の前で 彼はひたすらにか…

No.289 ノコギリ

脳を切り開くノコギリ そんなもののために彼は死んだ 彼にしか出来なかったことは 永遠に出来ないままだ そのノコギリを 彼の親友が布巾で拭いていた 見つかることはない 隠れる必要もない 彼の親友は打ち勝ったと思っていた 彼がどれだけ力を持っていようと…

No.288 春

準備運動もままならず ソフビ人形のような関節の動きに 春がやんわりと答えて 陽気の中でギシギシと歩いている 彼の頭のてっぺんは熱くなって 昨日見た夢が蒸発してしまった とても良い夢だったような気がする 勿体ないと思って帽子をかぶる どうせ散る花を …

No.287 彼と街

街は穏やかに 黙り込んでいる 食べかけのポテチ 冷たいジャスミンティー 袋の重さで 右手が痺れた彼は 左手に持ち替えながら歩いた 家々の隙間を 曇天の空を 草臥れた陸橋を キャベツ畑の前を 彼は歩いた 時間は止まっていた 何かを動かすには まだ何かが足…

No.285 誰か

(二日酔いのような体調で目覚めた 酒なんて一滴も飲んでいなかった 彼は遠くの街で実家の仕事を継いだ 私は私で何かを始めようとしている 先月は7日間を1000円で過ごした パンの耳に砂糖をかけて食べた 穴の空いた障子から見える景色が やけに浮かれて…

No.284 要らない物

飾ってあった土産物を捨てている時に 彼は鼻歌を歌う 楽しげに ハワイで買ってきた友人は もういない 少なくとも彼にとっては サーフィンをしている少女は笑っている 腐ってきたバナナの皮の上で 友人の笑い顔すら 思い出せないので 何も感じずに 彼は袋を縛…

No.283 独

古びた街並みが 通り過ぎる男を眺めていた 彼は見向きもしない 夢に出てきそうな 奇抜な喫茶店も 現代美術を飾る ギャラリーでさえも 彼の目には止まらない アスファルトばかり見つめている 彼は 呟いていた 聞き寄れない声で何かを 二駅ほど 歩いている間 …

No.282 一雫

人との関わり合いを避けるあまり 孤独を愛してしまった男がいた 彼は誰よりも乾いた息を吐いて その息をも白くする季節を嫌った 一年という時間は短く 季節というものは儚く 巡り来る苦しみの中で 一雫でも何かを垂らせたのなら 涙は渇く 出来事は全て置き去…

No.281 少年と磁石

反発する磁石を 少年は親指と人差し指で摘む 力をどれだけ入れたとしても 弾けて裏返るのが結末だ 少年は 友達が少なかった 親友などには 夢でさえ会えない 友達という言葉に嫌気が差すほど 話をするのも 聞くのも 苦手だった そんな少年は 家に帰って 磁石…