No.283 独

 

 

古びた街並みが 通り過ぎる男を眺めていた

彼は見向きもしない

 


夢に出てきそうな 奇抜な喫茶店

現代美術を飾る ギャラリーでさえも

彼の目には止まらない

アスファルトばかり見つめている

 


彼は 呟いていた

聞き寄れない声で何かを

二駅ほど 歩いている間

ずっと同じことを

 


近付いて耳をすましても

きっと彼には 気付かれないだろう

彼は大切なものを失って

目まぐるしく変わる世間から外れた

 


改札の前で立ち尽くし

残りの金を数えた

あと二駅乗るには十分だったが

じっとしているとまた失いそうだ

 


そうやって彼は歩いていく

自宅に帰るとまず鏡を見る

見慣れているはずの顔すら

知らない誰かに変わって

 


叩きつけるように 服を脱ぐと

彼は項垂れて泣いた

その時でさえも 呟いて

呼吸を整えようと息を吸った

 


乾いた空気が喉に引っかかり 痛みが走った

その時にふと もう過去には戻れないと悟った

充血した目で 額にタオルを当てて

今度は息を止めてじっとしていた