No.357 ハッピーエンド

 

 

彼はもう誰も傷つけないように

暗闇に紛れ 人目の付かぬように暮らしていた

罪の大きさと その多さを思い返す時間が

彼が生きてしまっている実感になっていた

 


ある日 少女が突然やって来て

彼にこう言った「助けて欲しい」と

だが彼は心を閉ざし その日は少女と話さなかった

少女は 行くあてもないので彼の家のソファで寝た

 


次の日の朝 捕まらないように逃げているのだと聞き

「誰に追われているんだ?」とだけ 彼は質問した

少女は黙って下を向いていたので

彼は寝室に向かい 机で小説を書いていた

 


夜になって 腹が減ったのでリビングに向かうと

少女はソファに居なかった

彼は財布を持って家を出て

少し騒がしい街並みを歩いて パンを買った

 


いつもより多めに買って帰ったが

彼が全て食べてしまった

少女はそれきり 彼の家に来ることはなく

名前も聞けないままだった

 


それから数日が過ぎ テレビを付けると

家に来た少女が殺人鬼に殺されるニュースを見た

物騒な世の中だなと 彼はため息を吐き

また寝室の机で筆を進めた

 


さらに数年が過ぎ 彼はやっと小説を書き終えた

自分の半生と 住む街の腐敗を犯罪小説にしたものだった

彼は殺した人々のことも書いたが フィクションだと思われた

あの日 少女が置き忘れたリボンの描写も書かれていた

 


そして 彼は嘘も書き込んだ

少女を殺した犯人と戦い 撃ち殺し 自らも撃たれて死ぬ

そんな幻想を 小説の中に忍び込ませた

描写は感動的で 読者はその文体に惹かれた

 


そうして 彼は主人公となり 英雄になって

少女の死は 嘘のハッピーエンドに変わった

酒を飲みながら 家に送られた小説を読み

彼はただ 満足げに笑っていた