No.596 夜更かしのロマンス

 

 

頭の中で響いている言葉

「もしも君が居なくなれば」

彼の嘘で傷付いても

彼女は 笑って許した


パズルのピースよりも

ネクタイとスーツよりも

革ジャンにスウェット姿の彼が

何よりもぴったりはまっていた


形崩れした憂鬱を

着こなす彼の少し先に

ほんのりとした光のように

佇むのが彼女だった


失うわけがないと思っていた

何よりも恐れていたことは

彼の頭の片隅に追いやられて

いじけて指を加えて待っていた

 

 

頭の中で響いている言葉

「もしも君が居てくれれば」

彼の本当の気持ちを伝える前に

彼女は 風になって消えた


ピアノの演奏に混じる叫び声よりも

細い腕で殴り合いの喧嘩をするよりも

生真面目な時計を見つめている彼が

何よりも 何からも ずれていた


脱ぎ捨てた憂鬱を探して もう一度

後悔をしたくなっても遅かった

彼の頭の中で彼女が追いやられるまで

彼女は彼のことを責め続けた

 

新しい物を数えてみよう

歯ブラシ ドライヤー 穴の空いた靴下

木のハンガー 空になったストーブ

靴べら 全てが空白のままの日記帳

 


そして毎度訪れる朝に

石を投げて 粉々に割ってしまおう

彼から全てを奪い去って

一から 始めるように言い聞かせよう


居ないはずの彼と彼女に祝福を

こんな夜には罵声を ほんの少し懺悔を

頭の中だけで生きる全ての人々に

諦めの爆弾と ほんの少しの躊躇いを