No.540 液晶に移住した彼
カメラのピントを合わせるように
彼は扇風機の位置を調節した
部屋に程良く風が吹くようになった
暑さが少しだけ和らぐ気がした
水を飲んでもすぐに垂れ流した
身体は重くて仕方なかった
彼の生活習慣は 夏に崩壊した
寝不足の瞳で 液晶に飛び込んだ
明るさは夜を忘れさせて
現在の気温も忘れさせた
彼が没頭する液晶の向こうにあるものは
彼のことなど 知る由もない
さっきまで流れて込んできた
風がピタリと止んでいた
扇風機の向きを変えるのに苦労して
やっとのことで また液晶に飛び込んだ
有害なものがたくさんある場所を見つけ
片足を突っ込んでみたくなってきた
彼は怖いもの知らずだったので
片足だけではなく 肩まで浸かった
彼は始めに 液晶から戻る方法を忘れた
次に 健全なもの全ての価値を忘れた
毒素を飲み込んで 毒素を吐き出した
同じようで違う毒素は たちまち広がった
彼を見た彼と似た者は 液晶に引き摺り込まれ
彼の身体の組織の一部になった
液晶は彼を もてなし続けた
扇風機は必死に 風をかき混ぜた
液晶に住む彼を見たら
「もう戻ってくるな」とだけ伝えてくれ
彼の言葉に耳を貸してはいけない
その耳ごと 引き摺り込まれるのだから