No.343 咳

 

 

風邪を引いたわけでもないのに

彼は 咳が酷く 眠れない夜が続いた

病院に行ってわかったことは

少し疲れているということだけだった

 

 

咳をしながら 道草を食う

咳をしながら 矢面に立つ

咳をしながら 欠伸をひとつ

咳をしながら 逆鱗に触れる

 

 

彼は嫌われてたが もっと嫌われた

朝っぱらからずっと咳をして

帰るまで それが耐えることはなかった

結局 家に篭もる他なかった

 

 

迷惑をかけてはならない

人目に触れれば お前がその目を潰す

そう教わってきて 透明にはなれたが

彼に 咳を止める手段はなかった

 

 

そうして彼は 家賃が払えずに

家を追い出されたが 帰る場所がなかった

咳をしながら 道草を食う

咳をしながら 永遠に道草を食おうとした

 

 

腹がなっても 咳が出た

意識が薄れても 咳が出た

眠気が襲っても 咳が出た

眠れないまま 咳が出た

 

 

彼は 大きな橋の下で

拾って来たビニールシートと

いくつもの傘でテントを張り

洗濯物から盗んだ毛布に包まった

 

 

咳は止まらずに 苦しさのあまり

川に飛び込んで 楽になろうと思ったが

勇気が湧かず 泣きながら 咳をして

毛布に包まり 夜明けを待った

 

 

翌朝彼は ついに咳を止める方法を見つけた

それは復讐することだった

彼らに 彼女らに 不当な扱いをした連中に

同じような苦しみを与えると 咳が止まった

 

 

橋の上で 深呼吸して 夕日を長め

何もつかえるもののない喉を その光に当て

拾ってきた傘の骨を まっさらな喉に突き刺し

その血で 太陽を沈めようとして 橋から落ちて行った