No.529 ピザ!

 

 

冬でもないのにコートを着て

一滴も汗をかかない彼の目の前には

後ろ手に縛られた男が

大量に汗をかいて 椅子に座っていた

 


彼が男の口からガムテープを剥がすと

苦しそうに咳をして 息を整え

「頼む 見逃してくれ」と言ったので

彼は少し苛ついて 片手に持ったピザを突き出した

 


「見逃す筈がないだろう」と怒鳴り

彼は男の口にピザを押し込んだ

苦しそうに藻掻く男に対して

彼は終始 冷たい目を向け続けた

 


脳天を撃ち抜かれた男は

最期にピザの味を強烈に感じただろう

彼はそれ以降 ピザを食べる際に

男の声を聞くようになった

 


「何も殺すことはなかっただろう

 俺は何も知らなかったし 何もしていない

 勝手に疑われ 始末された

 結局お前も 元締に利用されているんだ」

 


男の声が示す「元締」は

彼の所属する組織のボスであり

身寄りのない彼の面倒を見てくれたことから

彼にとって親のような存在だった

 


彼は男の声を聞く度に

ピザを壁に投げつけたくなったが

元締に「食べ物を粗末にするな」と教わり

ピザが大好物であることからも 実行しなかった

 


彼は男を撃つ前にピザを口に押し込んだことを

物凄く後悔した

そのことを元締に話すと 元締は大笑いして

「お前が死ぬ時は ピザを食わせてやる」と言った

 


数年後 ある仕事に失敗して

標的を逃してしまったことで

彼の人生は大きく狂い

元締から命を狙われることになった

 


彼はそれからというもの

いつ殺されても良いようにピザを毎日食べ

実際 元締が送った「処理班」に

銃を突き付けられた時も ピザを食べていた

 


しかし 彼の人生はそこで終わらなかった

ピザを食っている彼を見て 拍子抜けしたのか

「何処か遠くで ピザを食って暮らせ」と言い

処理班は帰ってしまったのだ

 


彼はそれから 田舎の安いピザ屋の近くの小屋を借りて

かつて 元締と初めて会った時に出された

マルゲリータピザを注文し

最期に殺した男のことを思い出しつつ それを毎日食べた

 


運動もしなかったので 見る見るうちに太り

彼は風船のような形になっていった

一度着たピザ屋のオリジナルTシャツが脱げなくなって

そのままアドバルーンのように浮かんで行った

 


風に流されて 彼はかつて仕事をしていた地域の上空に辿り着いた

下を眺めていると 元締が居る事務所を見つけた

元締は 窓の外で浮かぶ彼のことを見て笑い

「久々にピザでも食うか!」と言い マルゲリータピザを頼んだ

 


彼はその後もどんどん飛んで行った

宇宙と地球の境目が見えるところまで行くと

ふと ある感情に支配されて

腹をつねって穴を開け 空気を噴出させて地球に戻った

 


狙いを付けて降りていくと

ちょうど元締のいる事務所の屋上に着いた

長い眠りから目が覚めたような気分になって

元締のところへと向かい 新しい仕事の依頼が無いか聞くことにした

 


元締はその時 マルゲリータピザを食べていて

以前の彼のように太っていた

彼が元どおりになっていたので 元締は

「今度は俺が空を飛ぶ番だな」と冗談を言った

 


彼の失敗は 何度かの成功で水に流され

元締直属の処理班のリーダーになった

以前 ピザを食う彼を見逃した部下の一人は

「あんたの下で働くとはな」と笑っていた

 


彼の人生は元から大きく狂っていたので

更に狂うことで 正常な形に戻ったのかも知れない

ピザを毎日食べても運動すれば体型は維持出来たので

彼はそれからも マルゲリータピザを美味そうに食べた

 


元締はというと

事務所の中を楽しそうに浮かんで遊びながら過ごし

たまに仕事の報告に来る彼と 彼の部下たちを誘っては

ピザを食べる団欒を楽しみにする 愉快な老人になっていった

 


時代と共に組織の仕事が変わり 物騒なことが出来なくなると

彼も 元締も 処理班も ピザに熱中することになった

自作のピザを食い 人々にピザを食わせ アドバルーンを量産した

ある意味で 以前より悪質な組織になったのかも知れない

 


道を歩けば 人がぷかぷかと浮いていた

皆が着るピザ屋のオリジナルTシャツは 彼が作ったものだ

彼はスマートな体型を保ち その光景を双眼鏡で眺め

狙いを定め ダーツを投げる遊びをしながら 余生を過ごした